その夜、久々に夢を見た。しかし、電車に乗る夢ではなかった。松山さんと彼女の夢だった。二人はプチケーキセットを前にジャンケンをしていた。松山さんがグーを出し、彼女はパーだった。松山さんが天を仰ぐと、彼女が勝ち誇ったように両手で拳を握った。そして、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、と指差しながら10個のプチケーキを品定めし始めたが、「これ!」とハート型のチョコレートケーキを手に取った。「それ狙ってたんだよな~」と松山さんが悔しがると、「ご愁傷様」と彼女が口に入れた。その途端、恵比須さんのような顔になった。口福に包まれた彼女が「どうぞ」と手を向けると、松山さんは残りの9個を舐めるように見回してから、「これだ!」と花びらを模ったオレンジ色のケーキを手に取った。半分口に入れたところで視線を彼女に向けて、グイっと顔を突きだした。すると彼女は一瞬、驚いたような表情になったが、すぐに嬉しそうに笑って、松山さんの口から出ているケーキをくわえた。そして少しずつ食べて二人の唇が合わさると、そのままじっと動かなくなった。
少しして二人の口が動き始めた。でも、唇は離さなかった。キスを続けながら甘い時間が過ぎていった。
場面が変わった。二人はベッドの中にいた。長い長いキスを交わしたあと、「あなたと結婚したら『松山伊代』になるのね」と彼女が言うと、頷いた松山さんが真剣な眼差しで、「君の名前を知った瞬間に運命の人だと思った。〈まつやま〉と〈いよ〉は切っても切れない仲だからね」と返した。するとハッとしたような表情になった彼女は、「そっかー。ほんとね。〈まつやまいよ〉って運命に導かれた名前なんだ~」と何かを考える表情になった。
「ねえ、名前の漢字変えようか」
「どういうこと?」
「『伊代』を『伊予』に変えるの。『松山伊予』だったら完璧でしょ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて松山さんの鼻にチュッとすると、松山さんはうっとりとした目で彼女を見つめて抱き寄せた。彼の唇が彼女の唇から頬へ、そして耳たぶから耳の中心部へと移り、唇を耳に埋めたままくすぐるように囁いた。
「君って最高だね」



