新しいオリジナル曲への期待が萎んでいくと、俺とヴォーカルにとどまらずバンドのエネルギーも落ちていった。目標が遠ざかって見えなくなってしまったのだから当然だ。次第にステージでの演奏に切れがなくなり、観客を煽るようなパフォーマンスも少なくなっていった。
観客はそれを敏感に感じ取った。それが歓声と拍手に表れ、アンコールも求められなくなった。すると、今まで大事にしてくれていたライヴハウスのオーナーの態度も変わり始めた。それは、いつお払い箱になるかわからない危険な状態に追い込まれていることを意味していた。
「アプローチの仕方を変えてみたら?」
元気がなくなった俺を見かねたのだろう、彼女が遠慮がちに手を差し伸べてきた。
「ドラマーが叩くリズムにギターを合わせてみたらどうかしら?」
彼女は、レッド・ツェッペリンのドラマー、ジョン・ボ―ナムの大ファンだった。
「袋小路に迷い込んでしまったら、そこでもがくんじゃなくって、まったく違うことをしてみることも大事なんじゃないかな?」
彼女は自らの経験を話し始めた。マウスやペン入力で描くイラストが思い通りにできない時は、紙に色鉛筆で書いたり、時には小さなカンヴァスを買ってきて油絵を描くこともあるというのだ。そうすることによって新たな視点に気づいたり、今までにない発想が浮かんでくるのだという。
「同じことをしていても埒が明かないと思うの。発想を変えたり、アプローチを変えてみることは大事だと思うわ」
俺はそれをぼわ~んと聞いていた。演奏経験のない彼女の言葉は胸に響かなかった。それに、ドラマーが叩くリズムから曲を作るなんて非現実的だと思った。イラストを描くことと曲を作ることは違うのだ。心配してくれるのはありがたかったが、アドバイスを実行しようとはまったく思わなかった。
その夜の演奏は酷かった。今までで最低の演奏だった。ヴォーカルの声はガラガラだし、ベースとキーボードのアドリブは無茶苦茶だった。ファンクっぽいソロやジャズっぽいフレーズが飛び出してきて、ハードロックバンドの演奏とはとても思えなかった。
そんな中、ドラムのソロが始まった。彼は怒りで顔を真っ赤にしていた。いつスティックを放り投げてステージから出ていってもおかしくないほど怒りに満ちていた。しかし、その演奏はド迫力と言っても過言ではなかった。ジョン・ボ―ナムの化身のようだった。俺はその演奏に圧倒された。それは観客も同じようで、会場全体が息を飲んでいるように思えた。
ドラマーが俺に目で合図をした。そろそろソロを終えるという合図で、次は俺の番だった。俺はドラマーに向かって両手でスティックを振る仕草を投げた。叩き続けるようにと伝えたのだ。ドラマーは頷き、演奏を続けた。
彼が叩き出すリズムの上にギターのリフを乗せた。それは今まで一度も弾いたことのないリフだった。突然、会場から手拍子が起こった。ギターとドラムのアンサンブルに乗ってきた証拠だった。すると、ベースが合わせてきた。迫力ある重低音がバスドラムとシンクロした。キーボードも合わせてきた。オルガンの音色にチューニングした低音でベースラインとシンクロを始めた。それに刺激されたのか、ヴォーカルが高音で歌い始めた。無茶苦茶な英語だったが、カッコいいメロディになっていた。
会場からの歓声と手拍子が一段と大きくなった。バンドと観客が一体となって興奮のるつぼと化していった。俺は夢中になってギターを弾きまくった。エンディングでベースとヴォーカルと一緒に飛び上がって着地すると、耳をつんざくほどの歓声と拍手が巻き起こった。
会場全体が揺れていた。俺は胸がいっぱいになって泣きそうになった。今にも涙が零れそうだった。くしゃくしゃな顔になりながら、ここにはいない彼女を思い浮かべて礼を言った。彼女のアドバイスがなかったらこの曲はできなかったからだ。
拍手と歓声が一段と大きくなった。俺は両手を頭の上に上げて観客席に向かって拍手を返した。ファンへの感謝と彼女への想いを込めて強く手を叩き続けた。
客が全員帰ってから録音を聴いた。それを頭に叩き込んで再現した。何度も何度も演奏を繰り返して頭と指と体に叩き込むと共に、ヴォーカルがその場で歌詞を付けて曲を完成させた。タイトルは『Rock`n` Roll OverNight』とした。
すぐにスタジオを借りてデモテープを作り、大手だけでなく中小も含めたすべてのレコード会社に送った。そして待った。
1日、2日、3日……、
1週間……、
メンバー全員で祈りながら待ち続けた。しかし、スマホが鳴ることはなく、手紙も来なかった。何処のレコード会社からも連絡はなかった。
2週間経って諦めた。メンバー全員で思い切り落ち込んで、酒をかっ食らって、「あいつらは聞く耳がない」とレコード会社を罵倒して、それで気持ちを切り替えた。レコード会社から連絡は来なかったが、しっかりとした手応えを感じられていたからだ。ライヴハウスでその曲を演奏するとメチャクチャ盛り上がって、必ずアンコールを求められた。サビの部分を一緒に歌う客が増えて毎回大合唱になった。噂が噂を呼んで、立ち見の客で会場が埋め尽くされるようになった。
俺たちは次の準備にかかることにした。もっとカッコいい、もっとインパクトのある曲を作るのだ。前回同様ドラマーが叩く色々なリズムをバックに俺がリフを弾いてヴォーカルがメロディを乗せていく作業を繰り返した。
期待以上の曲が出来上がったのは8日後だった。今回はすぐにデモテープ作りはしなかった。ライヴハウスで演奏をしながら曲を磨いていくことを優先した。
新曲のお披露目の日がやってきた。今夜は会場に彼女を呼んでいた。控室でメンバー5人が肩を組んで、掛け声をかけて、雄叫びを上げた。俺は両手で頬をバチンと叩いて気合を入れた。
ステージに立つと、大歓声が迎えてくれた。レッド・ツェッペリンとディープ・パープルの曲を各2曲演ったあと、『Rock`n` Roll OverNight』のリフを弾いた。その瞬間、つんざくほどの歓声がステージに押し寄せ、ヴォーカルがシャウトをすると女性客のキャーという嬌声が襲いかかった。熱くなった俺は乗りに乗ってギターを弾きまくった。それがまた観客を煽って、会場が更にヒートアップし、大歓声の中でエンディングを迎えた。
興奮冷めやらぬ中、ヴォーカルがマイクスタンドを握って新曲の名を告げた。
『Break Through』
曲名に観客が即座に反応して歓声が上がり、手拍子が始まった。それに乗ってドラムがリズムを刻み、俺がリフを重ねた。更にベースとシンセサイザーが加わり、歌が始まると、それまで座っていた観客が全員立ち上がった。そして、「Break Through」を連呼するサビになると、観客が一斉に両手の拳を突き上げて歌い出した。
「打ち破れ! 打ち破れ! クソみたいな毎日をぶち壊せ!」
総立ちで顔を真っ赤にして拳を突き上げ続けた。その中に彼女の姿もあった。日頃の様子とは違って真っ赤な顔で拳を突き上げて叫ぶように歌っていた。
それを見た俺は全開になった。荒れ狂う魂が炎となって両手の指を包み込んだ。燃えるような連符の嵐を会場に突き刺しながら、阿形のようになっているであろう顔で火を噴くように吠え続けた。すると、発火点に達した観客の絶叫がバンドを刺激し、更なる波動を生み出した。異次元の興奮が会場を揺らし続けた。
ライヴが終わって客が全員帰ったあと、メンバーと一緒に録音を聴いた。文句なしだった。迫力のある演奏と歌、会場の反応、これ以上はないと言ってもいいくらいの最高の盛り上がりだった。即座にこれをデモテープにすることを決めた。翌日カセットテープにダビングしてレコード会社に送った。



