お代わりのジョッキと共に料理が運ばれてきた。レバニラ炒めと厚切りハムカツと串焼きの盛り合わせだった。どれも尋常な量ではなかった。

「好きなだけ先に取ってくれ」

 カウンターに置いてある取り皿を3枚手渡してくれた。わたしはそれぞれ三分の一ずつ取り皿に取った。

「そんなんでいいのか? 遠慮するなよ」

 監督はそう言いながらも3皿共に自分の方へ動かした。

「大丈夫です。これだけあれば十分です」

 監督の(おご)りに決まっているのに、〈半分こ〉というわけにはいかない。

「じゃあ、遠慮なく」

 監督は大口を開けて次々に皿を空にしていった。

 監督が食べ終わった時、わたしはまだ半分も食べていなかったが、彼はそんなことに構わず、壁に貼られたメニューを見ながら次の品定めを始めた。

「兄ちゃん、ニラ玉と餃子と牛スジの煮込みね」

 頼んだあともまだメニューに目を這わせていた。

「いつもこんなに食べるんですか?」

「ああ。俺の唯一の楽しみは飯を食うことだからな」

 大きな太鼓腹を擦ってニヤリと笑った。

「最後のシメはラーメンにする? うどんにする? 茶漬けにする?」

 どれも捨てがたいというような顔をしていた。

「まさか全部頼まないですよね?」

 しかし、彼は否定しなかった。

「それもいいね。三つ頼んで、そのうち一つを今仁君が取って、残りを俺が貰おうか」

 言うんじゃなかった。これから出てくるニラ玉と餃子と牛スジの煮込みも大盛りのはずだから、それを三分の一ずつ食べたとしても、お腹は張り裂けそうになっているはずだ。麺一本、米粒一つ入る余裕があるわけはない。

「いや、多分無理だと思いますので監督が食べられる分だけ頼んでください」

 わたしは自分の貧素なお腹を撫でて見せた。

「情けね~腹だな。そんなんじゃ女にモテんぞ」

 いきなり肩をどつかれた。

「いや、それとこれとは関係ないと思いますけど……」

 わたしは最後の串焼きを口に入れた。
 飲み込んだ途端、大盛りの3皿が運ばれてきた。またもや量が半端なかった。今度は四分の一を取り皿に取ったが、それでも食べきれるかどうか自信がなかった。
 一方、監督は四分の三が残った皿を取るや否や猛スピードで食べ始め、またもやあっという間に食べ切ってしまった。
 逆にわたしは餃子を持て余していた。ひと口では食べきれないほどの特大サイズに手を焼いていたのだ。

「食べないんだったら俺が貰ってやろうか?」

 頷くと、間髪容れず箸が伸びてきて、大口を開けると、すぽっと口の中に納まった。わたしは監督の口が動くのを呆気に取られて見続けた。

「シメはいいんだな?」

 また頷くと、「兄ちゃん、ラーメンとおにぎりセットと生ビールお代わり」とあり得ない組み合わせを注文した。

 信じられなかった。あれだけ食べたあとなのだ。唖然として監督の顔を見てしまったが、彼はそれでも足りないというようにメニューを見続けていた。

 注文の品が運ばれてくると、麺をすする音とスープを飲む音とビールを流し込む音が一定のリズムで耳に入ってきた。

 ズズッ、ズー、グビグビ。ズズッ、ズー、グビグビ。

 しばらくすると、おにぎりと一緒に沢庵を噛む音が混ざって聞こえるようになった。

 ズズッ、ズー、ポリポリ、グビグビ。ズズッ、ズー、ポリポリ、グビグビ。

「あ~うまかった」

 張り裂けんばかりの太鼓腹を撫でて恵比寿さんのような顔になった監督が「勘定してくれ」と兄ちゃんに声をかけた。わたしは〈ごちそうさまでした〉という言葉を胸に忍ばせて、支払いが終わるのを待った。
 しかし、釣りを受け取った監督はいきなり手を出して、「6:4ね」と当然のように言った。4割払えというのだ。またもや唖然として声が出なかった。食べた量、飲んだ量からすれば8対2がいいところだった。というより、奢ってもらえるとばかり思っていたから、遠慮していた自分が馬鹿に思えた。

 これなら無理をしてでも食べるんだった。

 わたしは渋々財布からお金を出した。

「悪いな」

 食べ勝った高揚感を漂わせて右手を上げた。

「また飯食いに行こうぜ」

 カモを見つけた喜びが口元から溢れているようだった。

 わたしは返事をしなかった。ネギを背負って尻尾を振るつもりはなかった。

「じゃあ、明日な」

 口に爪楊枝を挟んで、ニッと笑った。そして、背を向けて機嫌良さそうに鼻唄を歌いながら千鳥足で遠ざかっていった。わたしはアッカンベーをしながら見送った。