「そろそろだ」
チケットの上に置いた右手に力が入った。しかし、彼らの熱演を見ていると、演奏が終わりそうな雰囲気は感じられなかった。だから〈まだじゃないのかな〉と思ったが、いま演っている曲のことをなんにも知らない自分が判断するわけにはいかなかった。いきなり終わることだってあるのだ。松山さんの判断に従うしかない。わたしは彼の合図を待った。
「今だ!」
松山さんの声に反応してわたしは目を瞑り、「ロボコン」と心の中で叫んだ。その瞬間、電車の中に戻っていた。
良かった、戻れた、
安堵の息を長~く吐いた。
しかし、息を吸うことができなかった。
隣にいるはずの松山さんがいないのだ。
彼が電車に戻っていないのだ。
「松山さん!」
慌てて息を吸って思い切り叫んだが、彼が戻ってくることはなかった。
「なんで?」
わたしの呟きが彼の座席に落ちて、シートの中に吸い込まれていった。すると、「ピーピーピーピー」とすすり泣くような音がしたあと、ドア上のディスプレーに行き先が表示された。『2020年9月25日駅行き』
松山さんを置き去りにしたまま、電車は速度を上げ始めた。わたしはがっくりとうなだれて顔を上げることができなかった。それだけでなく、徐々に意識が薄らいでいった。しかし、それを止める術はなかった。体がスローモーションのように床に転がり落ちた。



