「ピピパポピパポピ」
音に反応して目を開けると、新しい行き先が表示されていた。
『1973年駅行き』
「ヤッター!」
松山さんが雄叫びを上げた。望みが叶ったのだ。でも、わたしは彼と一緒に喜ぶことはできなかった。レッド・ツェッペリンのライヴに行けると決まったわけではないのだ。同じ年の他のバンドのライヴかもしれないのだ。着いてみて、会場に入って、実際に演奏を聴くまでは安心できない。彼の大喜びと反比例して、わたしはどんどん冷静になっていった。
*
あっという間に駅に着いた。今度も本人確認はなかった。改札を抜けて階段を上り詰めると、扉が見えた。『1973年7月27日へようこそ』と書かれていた。
それを見た瞬間、松山さんがまたも雄叫びを上げた。その日付がレッド・ツェッペリンのライヴと合致していたようなのだ。間違いなさそうだが、まだ安心はできない。わたしは気を緩めず彼のあとをついていった。
その扉を抜けるとまた扉が見えた。『マディソン・スクエア・ガーデンへようこそ』と書かれていた。
「キター!」
松山さんの雄叫びが再度響いた。もう間違いないようだった。
「ヤッター!」
わたしも思い切り叫んで松山さんと抱き合った。
勇んで扉を開けると、物凄い音が耳に飛び込んできた。しかし、それは歓声だけではなかった。演奏が始まっていた。
「嘘だろ……」
松山さんのガッカリしたような声が歓声にかき消されて通路に落ちた。既に曲が始まっていることに加えて、どうしても聴きたかった曲ではなかったことが彼を落ち込ませているようだった。
視線の先にはステージで熱演している4人の姿があった。しかし、それはかなり小さく見えた。チケットに表示されているわたしたちの座席番号は最前列の中央のようだったが、そこまで移動することは不可能だった。移動している間に演奏が終わるかもしれないからだ。
「この曲が終わるまであと何分くらいありますか?」
「わからない……」
間奏のギターソロを弾くジミー・ペイジを見つめる松山さんの口から虚ろな呟きが落ちた。本来なら絶叫して喜んでいるはずなのに、彼のエネルギーは体外に出てこなかった。
「あの曲を聴けないまま現実に戻るなんてあり得ない……」
言葉だけでなく目も虚ろに揺れていた。
嫌な予感がした。松山さんが変なことを考えているような気がした。わたしとの約束を破ろうとしているように思えた。
それはダメだ。そんなことはさせてはならない。
わたしはロバート・プラントがシャウトする姿から視線を外して、必死になって声を張り上げた。
「松山さん、よく聞いてください。ここに取り残されたら大変なことになりますよ。とにかくチケットに手を置いて、終わりそうになったら目を瞑って、『ロボコン』と心の中で叫びましょう」
ジョン・ボ―ナムのドラムとジョン・ポール・ジョーンズのベースがパワフルに炸裂する中、松山さんを正気に戻そうと彼の体を思い切り揺さぶった。
「わかった」
松山さんがチケットの上に右手を置いた。
「曲が終わりそうになったらわたしに合図してください。いいですね!」
念を押すと、彼は4人の熱演に視線を向けながら大きく頷いた。



