「心配させるなよ!」

 窓際の席に松山さんが座っていた。ヤキモキしていたと口を尖らせた。

「すみません。なかなか眠れなかったので……」

 芋焼酎臭い息を吐きながら謝った。すると、無理矢理機嫌を直すように「んん」と喉を鳴らしてから、「まあ座れよ」と隣の席を指差した。
 座った途端、松山さんが顎をしゃくった。その先に目をやると、ドア上部のディスプレーが見えたが、そこに行き先名は表示されていなかった。本来なら〈1973年駅行き〉と表示されているはずなのに、ただ並んだドットが点滅しているだけだった。

「おかしいですね~」

 どこに連れていかれるのかわからないという不安が湧いてきた。

「これって、行き先がまだ決まっていないということだよな」

 松山さんの声も不安そうだった。

「まさか電車を間違えたわけじゃないだろうな」

「どういうことですか」

「過去行きではなく未来行きへ乗ってしまったとか」

「そんなことは……」

 ないとは言えなかった。何処へ行くかは電車が決めるからだ。乗客が決められるわけではない。わたしは彼と目を合わせて固まった。その時、

「うわっ!」

 急に電車が動き出したと思ったら、いきなり連結部のドアが開いて異様なものが現れた。顔の部分がディスプレーになっていて、体部の脇にアームがあり、足には車輪が4つ付いていた。ロボットだった。

「車掌のロボコンです」

 いきなり挨拶された。

「ロボットのコンダクターなのでロボコンと呼ばれています」

 訊いてもいないのに説明された。

「ピポパピパピポピパ」

 音と共にディスプレーに文字が表示された。

『名演周遊の旅』

 ん? 
 なんだ?

「パパポピポポパピパ」

 音と共にロボットの体部からトレイが飛び出してきた。

「お受け取り下さい」

 見ると、チケットのようなものが2枚乗っていた。手に取ると、ディスプレーと同じことが書いてあった。『名演周遊の旅』

「ロックの名演奏を巡る旅にご招待します。但し、どこに行くかは誰にもわかりません。それに、各会場で聴けるのは1曲だけです」

 えっ、どういうこと?

「1曲聴き終わる直前にこのチケットに手を置いて、目を瞑って『ロボコン』と心の中で叫んでください。そうすればこの電車に戻ることができます」

 ん?

「もし2曲目を聴いてしまったらこの電車に戻ることはできません。つまり、他の会場に行くことも、現実の世界に戻ることもできないことになるのです」

 んん?

「よく理解されていないようですのでもう一度だけ言います。耳をかっぽじって(・・・・・・)よ~く聞いてください」

 わたしたちが聞く体制を取れるようにするためか、一呼吸置いてから喋り出した。

「これからロックの名演奏に接する旅が始まります。但し、一つの会場で聴ける曲は1曲と決まっています。ですから、1曲が終わる直前に、このチケットに手を置いて、目を瞑って、『ロボコン』と心の中で叫んでください。そうすればこの電車に戻って次の会場へ行くことができます。しかし、もし2曲目を聴いてしまったら二度とこの電車に戻ることはできません。そうなると別の会場へ移動することも、現実の世界に戻ることもできなくなります。ドゥー・ユー・アンダースタンド?」

 なんで急に英語になるの? と首を傾げていたら、松山さんが「オーケイ。アイ・シー」と英語で返した。

 えっ? 
 そんなに簡単に返事をして大丈夫なの? 
 ロボコンが言ったことはとてつもなく危険なことなんだけど本当に理解しているの? 

 わたしは不安になって松山さんに確認の視線を向けた。しかし彼は安易に頷いてから、ニヤニヤしながらチケットに目を落として、口笛を吹き始めた。レッド・ツェッペリンの公演会場に連れて行ってくれるのをワクワクしながら待っているような感じだった。その姿を見て益々不安になったわたしはロボコンに向き合った。

「いくつか確認させてもらいたいのですが」

「パピパピパパパパパ」

 遮るように電子音が鳴った。
 返事は返ってこなかった。
 その代わりにディスプレーに文字が表示された。
『説明終了。これにて後免(ごめん)

 呆気に取られていると、連結部のドアが開いて、ロボコンが車両から出ていった。ドアが閉まるのを茫然と見ていたが、閉まりきった時、ドア上部のディスプレーの点滅が消えて文字が表示された。しかし、それは松山さんが待ち望んだ駅ではなかった。表示されていたのは『1980年駅行き』という文字だった。