最後の一人を描き終わって最初にしたことは、膀胱を破裂から守ることだった。当然、中世には公衆トイレなどないので、路地に駆け込んで、人目のないところを選んで放尿を開始した。
かつて経験したことがないほどの長時間放尿だった。終わったあとの開放感は半端なかった。しばし動けないでいた。
すべての力が抜けたわたしはボーっとしていたが、高松さんは違っていた。辺りを注意深く見まわし始めた。
「どうしたんですか?」
しかし、それに答えず、警戒するように視線を這わせ続けた。
「大丈夫そうだ」
やっと視線を戻した高松さんは、チュニックのポケットから大量の銀貨を出して、わたしに手渡した。ずっしりと重かった。
「中世でも食べていけますね」
「ああ、交通誘導警備よりはるかに稼げそうだよ」
高松さんがニンマリと笑った。その途端、物凄い大きな音を立ててお腹が鳴った。呼応するようにわたしのお腹も鳴った。限界だった。なんでもいいからお腹に入れたかった。でも、歩き回っても、それらしい店を見つけることはできなかった。
「夜に営業している食堂なんてあるんですかね?」
思わず不安な声を出してしまったが、返ってきたのは「さあ、どうかな……」という頼りない声だけだった。そのせいか足取りは段々と重くなり、空き過ぎてお腹の虫は鳴くことを放棄したようだった。
「水腹で我慢するか」
高松さんは、通りかかった広場の噴水を見つめていた。
これを飲むのだろうか、と思っていると、彼は両手を伸ばして水をすくった。わたしも遅れず手をコップにして飲んだ。
しかし、二人同時に吐き出した。とても飲める味ではなかった。日本の水道水とはまったく違っていた。
当然だ。水質が違うだけでなく、濾過も滅菌もされていないのだ。お腹を壊すことを恐れて飲むのを諦めた。
その時だった、誰かが通りかかり、通り過ぎようとしたとき立ち止まって、高松さんに声をかけた。よく見ると、画材を買った店の人だった。肩にかけた布袋に多くの画材が入っているようだった。しばらく彼と話したあと、高松さんがわたしに向き直った。
「食事と酒にあり付けそうだよ」
店の人は取引先の画家の絵画完成の宴に招かれており、そのお祝いの品として画材を渡すつもりなのだという。
「付いていこう」
わたしたちはその人のあとを追って暗い道を歩いた。



