「ねぇ、琥珀。もうすぐ夏休みになるけど、一学期はもう学校無理そう?」
「あ、うん。ごめんだけど、まだ無理かも……」
「そっかぁ。別にいいよ。単位さえしっかり取れてれば、問題ないよー! それに若いんだから、誰にだって躓くときはあるだろうし」
俺は高梨琥珀、高校二年生。東京でシングルマザーの母親と二人で生活をしている。
そんな俺は、あることがきっかけで、今は所謂不登校になってしまっている。一時期は食事も喉を通らなくなり、眠れなくなってしまった。それを心配した母親が心療内科に連れて行ってくれて、医師からは自宅で療養するように言われている。
それから学校に行くこともなく、ずっと自宅に引き籠り、もうすぐ一カ月が経とうとしていた。食事はなんとか摂れるようになったけれど、夜は眠れないし、体が鉛のように重たい。いつも憂鬱だし、何をしても楽しいと感じることなんてない。
何より、一人でいることが怖くて仕方がなかった。特に夜になると強い不安に襲われてしまう。この暗闇が永遠に続くのではないか……。そう考えると怖くて仕方がなかった。
そんな自分が情けなくて、更に憂鬱になってしまうのだ。
母親の彩希は俺と違い、明るく社交的な性格をしていて、女手一つで俺を育ててくれている。学校に行くことのできない俺を責めることもしなかったし、理由を聞きだそうともしない。いつもこうやって笑ってくれていた。
アパートのベランダのプランターに植えられた花に、鼻歌を口ずさみながら水をやっている。俺はこんな性格の母親に何度も励まされているし、感謝もしている。でも、素直じゃない俺は「ありがとう」の一言さえ言えないでいた。
「あのさぁ、琥珀。夏休みにずっと家にいるのも息が詰まるだろうしさ、夏休みの間だけおじいちゃんの所に行ってみたら? 気分転換になるかもよ?」
「はぁ⁉ じいちゃんとこ!?」
「そう。この前電話したときに琥珀の話をしたら、『琥珀に会いたい』って、おじいちゃんもおばあちゃんも大喜びしてたよ?」
「でも、じいちゃん家って……」
「まぁまぁ、そう言わず。向こうに行けば私の幼馴染の千尋もいるし。千尋の一番上の子が琥珀と同級生で、時々遊んでたでしょ? 覚えてない? 町田悠介君」
「悠介のことは覚えてるけど……」
「ママは仕事があるから行けないけど、琥珀一人で大丈夫でしょ? 行っておいでよ。きっと自然に触れ合えば元気になるよ。だって見て、お花ってこんなに可愛いもん」
花に向かい満面の笑みを浮かべる母親を見た俺は、大きく息を吐く。
じいちゃん家は幼い頃何度も母親に連れられて行ったことがある。たった一人しかいない孫の俺を、じいちゃんとばあちゃんは可愛がってくれた。
それに、さっき会話に出てきた悠介のことだって覚えている。悠介は華奢な俺に比べて体格もよく、太陽みたいに笑う奴だった。朝早くから、暗くなるまで一緒に遊んだっけなぁ……。
「だから琥珀、行っておいで。嫌になったら途中で帰ってきてもいいんだし。もしかしたら、大冒険ができるかもよ。ふふっ、楽しそうじゃない?」
「大冒険なんて……」
俺は興味がない、と言いかけた言葉をグッと呑み込む。学校に行けなくなってしまった俺を責めることもなく、こんなにも優しく接してくれる母親を、これ以上心配させたくなかった。
「……わかった。行ってみる」
「え? 琥珀、今なんて言ったの?」
「だから、行くって言ったの」
「本当? よかった! じゃあ、おじいちゃんと千尋に連絡しておくからね」
「うん」
そう話す母親は今にも泣き出しそうな顔をして笑う。きっと表に出さなかっただけで、俺のことをずっと心配してくれていたのだろう。
「でも、じいちゃん家はなぁ……」
ソファーに寝転んだまま外を眺める。遠くにはショッピングモールが見えるし、その周りには高層マンションとビルがいくつも建っていた。
室内に差し込む日差しは思わず目を覆いたくなるほど強いし、少し窓を開けただけでムワッとした空気が入り込んでくる。
もう夏本番。そして、夏休みが始まる。
◇◆◇◆
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。琥珀、気をつけてね。駅についたら悠介君が迎えに来てくれるって千尋が言ってたから」
「そっか。わかった」
俺は大きなリュックサックを背負いながら、母親のほうを振り返る。もうしばらく会うことはないと思うと、少しだけ寂しさを感じた。
「あと、これ。お守りに持っていって。駅についたら、すぐにリュックサックにつけるのよ」
「はぁ? 何だよ、このデッカイ鈴……」
母親から手渡されたのは大きな鈴だった。鈴、というよりアニメとかで牛が首から下げているような大きな鈴。なんでこんなものを……と、俺は首を傾げた。
「熊除けだよ! 今熊が出没してるってニュースでやってたから。いい? 熊を見かけたら、背中を見せずに静かに立ち去るのよ。わかった?」
「あ、うん。よくわからないけど、わかった」
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべる母親に肩を叩かれて、俺は自宅を出発したのだった。
使い慣れた自宅の最寄り駅から電車に乗ると、俺の気持ちとは関係なく電車はどんどん進んで行く。しばらくこんな景色を見ることなんてない。不安で胸が圧し潰されそうになる。
それでも、いつまでも甘えてられないんだ――。そう自分に言い聞かせて唇を噛み締めたのだった。
「なんだよ、この電車。めっちゃ揺れる」
電車をいくつか乗り継いでいるうちに、高層ビルは姿を消し、俺の目の前には大自然が広がった。あまりにものどか過ぎる光景に、異世界へと転生してしまったような錯覚さえする。目的地までもうすぐだ。
つい先程、母親の親友である千尋さんから『悠介が迎えに行くから、〇〇駅まできたらメールしてね』と連絡がきた。すぐに『わかりました』と返信しようとしたのだけれど、電車があまりにも揺れてスマホを使うことさえできない。
俺が何より驚いたのは電車が急停車したときに、「ただいま線路を狸が通過したため、緊急停車させていただきました」というアナウンスが入った。それを聞いた俺は、言葉を失ってしまう。
「あ、もうすぐ駅につく」
俺は手早く荷物をまとめると電車を降りた。
駅についても俺以外、この駅で降りる客は見当たらない。そもそも、あの電車には俺以外の客が乗っていたのだろうか。
辺りを見渡せば一面暗闇が広がっている。ポツンとひとりホームに取り残された俺は、呆然と立ち尽くしてしまう。
「もっと早い時間に家を出ればよかった」
今更後悔しても、後の祭りだ。
辺りを見渡すと駅の周りにコンビニなんてものはなく、それどころか街頭さえまばらだ。近くにある田んぼからは蛙の大合唱が聞こえてくる。そこは、俺が住んでいる都会とは全く違っていた。
「わぁ、星が綺麗だ」
空を見上げるとまるで宝石のような星がキラキラと輝いている。都会のように明かりが少ない分、星のきらめきがより鮮明に見えた。
ここは埼玉県秩父市。俺の母親が生まれ育った地域だ。
自然豊かで、空気だって美味しい。今は観光地として人気みたいだけれど、俺はここが苦手だった。
「待って、熊出没注意ってどういうことだ……」
駅のホームに大きく掲げられている『熊出没注意!』という看板を見た俺は、思わず背筋に冷たい物が走り抜けていく。
「どう気をつけたらいいんだよ。遭遇したらお仕舞だろうに……」
俺は母親に渡された熊除けの鈴をリュックサックから取り出し、ギュッと握り締める。俺が体を動かすとカランカランと大きな音がする。こんなもので熊が本当に寄ってこないのかと、どうしても疑いたくなってしまう。
「もう悠介が迎えにきてくれてるかもしれない」
俺はわずかな期待を抱きながら改札口に向かうと、駅員の姿は見当たらない。どうやら夜は無人駅になってしまうようだ。待合室には誰もいないし、その先は暗闇が広がっている。
「悠介、悠介」
不安に駆られた俺はそっと名前を呼んでみる。こんなことならば、悠介の連絡先を聞いておけばよかった、と後悔してしまう。それに、悠介に会ったのはもう十年以上も前だから、顔すら覚えていない。
悠介に会えるのだろうか、と不安に襲われた俺は熊除けの鈴を握り締めた。
そのとき――。何かが近付いてくる足音に、俺は思わず全身に力を籠める。
「熊……?それとも 人間……?」
秩父の夜は盆地のせいで夜でも蒸し暑い。それにも関わらず、俺はブルッと身震いをした。
「あれ? 見たことのねぇ顔じゃん? 君、どっから来たの? 見た感じ都会の子って感じだね」
「ん? てか君、もしかして男? 綺麗な顔しているから女の子かと思った。まぁ、どっちでもいいや。俺らと遊ぼうぜ」
「え? ちょ、ちょっと待って! 離せって!」
俺に声をかけてきたのは、明らかに不良と呼ばれる若い男二人組。こんな田舎にも、金髪でピアスだらけのヤンキーなんているのかよ、と思わず眉を顰める。そんな俺にお構いなしに二人は俺の腕を掴み、グイグイと歩き出した。
どこに連れて行かれるのだろうか……。助けを呼びたいのに恐怖から声が出ない。そもそもここで叫んだところで、誰も助けになんて来てくれないだろう。
「あっちに空き家があったじゃん? あそこでいいっか?」
「あぁ。あそこなら、こいつに大声出されても聞こえねぇしな」
その会話に俺の全身から血の気が引いていく。
怖い、怖い……!
俺は恐怖のあまり、その場にしゃがみ込んで動けなくなってしまう。不覚にも涙が溢れてきそうだ。これだから、田舎は嫌いなんだ。
けれど、次の瞬間――。
「うわぁ⁉」
暗闇を引き裂くような悲鳴のあと、地面に何かが強く叩きつけられる音がする。それと同時に俺は体を引っ張られていた手から解放された。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
という怒声のあと、もう一度地面が揺れる程の力で、何かが叩きつけられる衝撃に、俺はギュッと目を閉じる。
もしかしたら、熊が出て不良たちを襲っているのかもしれない。恐怖からカタカタと小さく体が震えた。今ここで熊に遭遇したら、勝ち目なんてない。
やっぱり秩父に来るんじゃなかった。俺は凍り付いてしまったかのように動けなくなってしまった。
「ねぇ、大丈夫?」
「ひゃあああ‼ く、熊だぁぁぁ‼」
「え? 熊? どこにいるの?」
「熊に、熊に襲われる⁉」
「え? マジで熊がいるの⁉」
肩に何かが触れた感覚に俺は尻餅をつく。今度は俺が熊にやられるんだ。ずっと握り締めていた熊除けの鈴がカランと暗闇の中に響き渡った。
「大丈夫? 熊なんていなそうだけど」
「え?」
「熊じゃなくて、俺が君に絡んでた奴らをやっつけただけ。君の勘違いだよ」
「え、そうなの……」
俺が恐る恐る目を開くと、体を庇いながら走り去っていく不良たちの姿が見えた。俺の力なんて足元にも及ばなかったのに、今目の前にいる青年はいとも簡単に不良たちを追い払ってくれた。
「君、熊みたいに強いんだな」
「あははは! 俺ずっと柔道やってて、関東大会常連なんだぜ? さっきの二人は得意の内股と払い腰で投げ飛ばしてやった」
地面にへたりこんだままの俺の近くにしゃがみ込んで、青年が笑う。その笑顔はとても優しくて、俺の全身から一気に力が抜けていくのを感じた。
「でも、大丈夫なのか?」
「え? 全然大丈夫だよ。俺は怪我してないし」
「そうじゃなくて、さっきの奴ら怪我してない? 君、熊と戦っても勝てそうなくらい強そうだから」
「ったく、自分に乱暴しようとした相手を心配してないで、自分の心配しなよ。ほら、立てる?」
「た、立てる……」
強がってみるものの、俺はすっかり腰が抜けてしまい足に力が入らない。今目の前で不良たちを追い払ってくれた奴を目の前に、情けなくなってしまった。
「君、もしかして琥珀じゃない?」
「え? じゃあもしかして、悠介?」
「そうだよ。久しぶりだね。しばらく見ないうちにすごく綺麗になってたから、びっくりしちゃったよ。ほら、立てる?」
「わ! ちょっと!」
悠介は俺の両手を掴み、軽々と立ち上がらせてくれる。自然と悠介と向かい合う格好になった俺は、思わず息を呑んだ。
もともと悠介は体格が良かったけれど、今は見上げるほど背が高い。恐らく百八十センチ以上はあるだろう。肩まである艶やかな黒髪を、ハーフアップにまとめている。洋服を着ていてもわかる程、綺麗に筋肉のついたしなやかな体は小麦色に日焼けしていた。
「……悠介だって、変わったじゃん」
悠介に聞こえないような小さな声で呟く。離れていた年月は、悠介をこんなにも魅力的に変えていた。
「琥珀、歩ける?」
「歩けるけど……まだ足が震えてる」
「ふふっ。余程怖かったんだね」
「ゆ、悠介が、迎えに来るのが遅かったからだぞ」
「ごめんごめん。風呂に入ってたら遅くなっちゃった」
「なんだよ、それ。最悪じゃん!? 俺がどんなに怖い思いをしたと思ってるんだよ」
「だから、ごめんね。機嫌直してよ」
俺が唇を尖らせながらそっぽを向けば、悠介がクスクスと笑っている。悠介からはふわりとシャンプーの甘い香りがした。
「はい。怖いなら手を繋ごう」
「は?」
「だから機嫌直してよ」
突然悠介に手を握られた俺は、思わず目を見開く。悠介の手は大きくて、筋張っていた。
「俺さ、年の離れた双子の兄弟がいるんだよ。そいつらといつもこうして手を繋いで歩いててさ」
「ガキと一緒にすんじゃねぇよ!」
「あははは! 同じだよ。俺と熊を間違えて震えてるなんて、琥珀は本当に可愛いなぁ」
「うるせぇよ」
「口が悪いとこは変わってないね」
「変わってなくて悪かったな。お前は、しばらく会わないうちに性格悪くなったな!」
「琥珀は、見た目はすごく変わったね。可愛いし、綺麗になったね。俺、琥珀を見つけたとき芸能人かと思ったよ」
「そ、そんなんでごまかせると思ってるのかよ!」
俺の顔を覗き込み微笑む悠介。恥ずかしくなってしまった俺は、悠介の手を振り解こうとしたけれど、あまりの馬鹿力でそれは叶わなかった。
恥ずかしいけど、悠介の手は温かい。今ならきっと熊に遭遇しても大丈夫だ、なんて安心してしまう。
「なぁ、悠介。喉渇いたからジュース買いたいんだけど」
「ジュース? この先に自動販売機なんてないよ。駅にはあるから戻る?」
「えー、それは怠い」
「うちに来れば、ばあちゃんが作った梅ジュースがあるよ。甘酸っぱくて美味しいんだ」
「梅ジュース? へぇ。飲んでみたい」
「畑でとれた梅と角砂糖を漬けておくとジュースになるんだよ。美味しいから一緒に飲もう」
「うん」
隣を歩く悠介をちらっと盗み見る。昔の面影は残っているものの、逞しい体つきになっていて不覚にもドキドキしてしまう。それでも、こんな他愛もない会話が懐かしくて、心地いい。
繋いでる手と手の間に、しっとりと汗が滲んできて気持ちが悪い。でも悠介は俺の手を離そうとなんてしない。そんな悠介の大きな手が心地よかった。
◇◆◇◆
悠介に連れられ母親の実家についた俺を、祖父母は嬉し涙を浮かべて歓迎してくれた。俺を歓迎してくれたのは何も祖父母だけではない。悠介の両親に、彼の祖父母まで顔を出してくれたのだ。
「隣組の人たちも顔を出してくれるって言ってたんだけど、それはさすがに勘弁してもらったんよ」
そう笑うのは悠介の母親であり、俺の母親の親友、千尋さんだ。俺が小さい頃秩父に遊びに来た時には、悠介と兄弟のように俺を可愛がってくれたのを覚えている。よく悠介と二人で悪戯をして、千尋さんに怒られたっけ……。
「琥珀君、大きくなったね」
「本当に遠くからよく来てくれた。疲れただろう?」
たくさんの人たちに歓迎された俺は、圧倒されてしまう。それでも秩父の人たちの温かさに、柄にもなく目頭が熱くなってしまった。
「こうちゃん、とりあえず今日はお風呂に入って休みな」
「うん。ありがとう、ばあちゃん」
「いいんよ。ばあちゃんもじいちゃんも、こうちゃんに会えて嬉しいんだから。本当に大きくなったから、びっくりしたんよ」
祖母に言われるままに風呂を済ませた俺は、一番奥にある客間に通される。祖父母の家はとても古く、昔は養蚕業を営んでいたらしい。部屋が一つ一つ襖で区切られており、迷子になりそうな程広い。
俺が使うように言われた和室のすぐ脇には縁側があり、風鈴が吊るされていて、風に揺れる度に涼やかな音色をたてている。蚊取り線香の香りがより懐かしさを感じさせた。
「あ、琥珀。ここに布団敷いてやれって頼まれたから敷いておいたけど、大丈夫かな? こんだけ部屋が広いとどこに敷いたらいいかわかんないよ」
「あ、うん。悠介まだいてくれたんだ?」
「うん。琥珀のばあちゃんたちに布団を敷かせるのは可哀そうだし。最後に琥珀に、おやすみって言っておきたかったら」
「そうか……。ありがとう」
「縁側の窓は閉めとくけど、雨戸は閉めなくてもいいだろう?」
「あ、うん。大丈夫。雨戸を閉めなくても、熊とかは入ってきたりしないだろう?」
「熊? あははは! さすがに熊はここまでは来ないよ。でも狸やハクビシン、猪はたまにくるけどね。あ、それから猿をよく見かけるかもしれないけど、猿には気を付けてね。あいつらは物凄く気が荒いから」
「わ、わかった……」
「大丈夫だよ。何かあった時には、俺が助けてあげるから。だからいつでも呼んでね」
悠介はいつも俺に向って優しく笑ってくれる。そんな悠介の笑顔を見るとひどく安心してしまう。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」
「え? 帰っちゃうの?」
「うん。また明日顔出すからさ」
「そっか……」
外を眺めると漆黒の暗闇が広がっている。秩父の夜は物音ひとつしないし、この世界に一人取り残されてしまう、そんな恐怖心すら覚えた。
「悠介、行かないで」
「え?」
「このまま一人になったら、あの暗闇に吸い込まれちゃいそうだ」
「暗闇に?」
「うん。暗闇も、一人きりになるのも、俺……怖くて仕方がない」
気が付いたときには、俺は悠介のシャツを掴んでいた。不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む悠介を見てハッと我に返った俺は、慌ててシャツを離した。
「琥珀、どうした? なにかあったの?」
「な、何でもない。今のは聞かなかったことにして……」
「慣れてない場所で、いきなり一人はやっぱり不安かな?」
「そ、そんなことねぇよ。ガキじゃないんだから」
「本当に?」
「俺は大丈夫だから、悠介はもう帰って寝てくれ」
「うーん、でも……」
悠介が顎に手を当てて少し考えた様子を見せた後、何かを思いついたかのようににっこりと笑う。それはまるで、子供が悪戯を思いついた時のような顔だった。
「じゃあ、俺が自分ん家から布団を持ってくるから一緒に寝よう!」
「はぁ⁉ 別に一人で大丈夫だって!」
「いいから、待っててよ。俺ん家、あの畑挟んですぐ向こうだからさ」
そう言い残すと、悠介は楽しそうに行ってしまう。取り残された俺は、そんな悠介の後ろ姿を茫然と見送る。
「なんだか疲れたなぁ」
今日は本当に色々なことがあった。どっと疲れを感じた俺は、今にも気を失ってしまいそうだ。
その晩は、俺と悠介で布団を並べて寝た。でも悠介が一緒にいてくれると、暗闇も怖くなんてない。
「修学旅行みたいで楽しいね」
「あぁ、そうだな。でも蛙の鳴き声がうるさい」
「蛙たちもお嫁さんが欲しくて必死なんだよ」
「そっか。みんな一人ぼっちは寂しいもんな」
俺の隣で、悠介が静かに言葉を紡ぐ。その低くて耳ざわりのいい声色が眠気を誘った。
「琥珀、もう寝よう。俺、眠くて限界。おやすみ……」
「うん。おやすみ」
「また明日ね」
今にも眠ってしまいそうな顔で悠介が笑う。悠介の笑顔を見る度に、鼓動が速くなるのを感じる。すごく安心するのに、ひどく照れくさい。頬が火照って仕方がないし、体中がムズムズして落ち着かなくなってしまうのだ。
「なんなんだよ、これは……。本当にいけ好かない奴だなぁ」
俺は雑念を振り払うかのように布団を頭から被って、無理矢理目を閉じたのだった。



