聡の言葉に、謁見の間は静まり返った。
 「そ、聡様、それはどういうことでしょうか!?」
 萌美が叫ぶような声を上げた。その顔は怒りと焦りで歪んでいる。
 「お萌美様こそが、代々続く巫女の家系の血を引く者。紗奈はただの、血の繋がりのない義理の妹ですわ!」
 義母もまた、聡の前に進み出て、必死に訴えかける。
 しかし聡は、二人の声に耳を傾けることなく、ただまっすぐに紗奈を見つめていた。
 「紗奈、私と共に来てくれるか?」
 その瞳には、嘘偽りのない誠実さが宿っている。その優しさに、紗奈は心の中で迷いを捨てた。
 「……はい、聡様。喜んで」
 紗奈は、差し出された聡の手を、そっと握った。
 それは、これまで誰からも与えられなかった、温かい光だった。

 その日から、紗奈の生活は一変した。
 薄汚れた着物から、絹の美しい着物へと着替えさせられ、粗末な食事から、繊細な御膳へと変わった。しかし、紗奈の心は、戸惑いでいっぱいだった。
 侍女たちは、突然現れた紗奈を訝しげな目で見ていた。
 「あの女、どうせ皇帝様を騙しているのよ」
 「お萌美様の方が、よほどお妃様らしいのに」
 そんな陰口が、紗奈の耳に届く。紗奈の「心の眼」は、彼女たちの魂の奥にある、邪な光を感じ取っていた。
 そんな中、萌美は毎日のように聡の元へ押しかけた。
 「聡様、あの女は巫女の作法を何一つ知りません。わたくしこそが、聡様の妃に相応しいのですわ!」
 萌美は、代々伝わる巫女の作法を学び、知識だけは豊富だった。彼女はそれを聡に披露し、紗奈を貶めようとする。
 「萌美殿の言うことも一理ある。だが、巫女の本質は作法ではない」
 聡は、ゆっくりと、しかし揺るぎない声で答えた。
 「巫女の力は、魂の清らかさから生まれるもの。萌美殿の魂は、残念ながら、濁っている」
 その言葉に、萌美は顔を真っ赤にして、その場を立ち去った。
 聡は、紗奈を特別な部屋へと案内した。そこは、月光が差し込む、広々とした美しい庭に面した部屋だった。
 「この部屋は、代々、皇帝の妃が使う部屋だ。私は、お前がいつか、この部屋で安らげる日が来ることを願っている」
 聡の言葉に、紗奈の心は温かくなった。
 それから、聡は毎晩のように紗奈の部屋を訪れるようになった。
 「私の病は、魂の光が弱っていることが原因だと言われた。だが、お前の光は、まるで月のように、私を癒やしてくれる」
 聡はそう言って、紗奈の手を優しく包んだ。
 紗奈は、聡の心の内側を、「心の眼」で見る。
 彼の心は、国の未来を憂い、病弱な自分を責める、孤独な光に満ちていた。
 「聡様……わたくしは、この部屋で、聡様が安らげるように、月光の光を灯し続けます」
 紗奈は、初めて自分の意志を聡に伝えた。
 二人の心は、ゆっくりと、しかし確実に通じ合っていく。
 ある夜、聡は紗奈に、この国の巫女に伝わる伝説を話して聞かせた。
 「伝説によると、巫女は皇帝の子を身籠ることで、その力が真に覚醒すると言われている。そして、その子こそが、この国を救う世継ぎとなるそうだ」
 聡は、儚げな表情で語った。
 「もし、私に子ができたら、この病も治るのだろうか……」
 その夜、月明かりの下、紗奈は聡の孤独な心を癒やすように、そっと彼を抱きしめた。
 そして、二人の心が一つになったその瞬間、紗奈の「心の眼」に、新たな光が見えた。
 それは、小さく、しかし温かい、新しい命の光だった。