何もする気になれなくて、床のクッションに座ってベッドを背もたれにしていた。
砂の落ちきった砂時計が、チラチラと視界に入る。
ああ、これがここにあるのって、私がアラームに気付いていた証拠になっちゃうな。
そう思っても、片付ける気力が湧かなかった。
しばらくして廊下をひたひた歩く音とともに航一が部屋に戻ってきた。
「ごめん、腕時計、うるさかったろ」
「いや、えっと……っ」
言えない。テーブルから拾い上げたからうるさくなかった、なんて。
「寝てたの、珍しいね」
へたくそな誤魔化し。
「うん。飲みすぎたかな」
「そういう感じじゃなかったよ」
思い出す。夕ご飯の光景。いつもの適当に入る店トップ3くらいの個人経営の居酒屋。
『居酒屋だけど、とにかくご飯食べちゃうんだよね』なんて言い合うくらい食事が美味しくて、お酒は二杯くらいしか飲んでない。
「そうだよな、いつもどおりだった」
航一はそう言って私の隣、クッションも使わず床に座った。
シャワー上がりの体温がほんのり近い。
ベッドの上でのどこか性急な熱ではなく、ほっとするような穏やかな温度。
「仕事、疲れてた?」
問い詰めるみたいに尋ねる。
違うのに、もうちょっと、優しく柔らかく質問したいのに。
「ほっとしてた。……茜のベッドだなあって」
「なんかそれ変態っぽい」
つい口をついて出たのはそんな言葉。
「そうかも」
航一はそう言って小さく笑った。
「あの、終電……」
「うん、もう行ったよな」
航一が手に持ってた腕時計を見た。一回つけて、シャワーを浴びるときまた外して、ここでも外したまま。
10分とか5分とか、とっくに過ぎていて、終電の時間は過ぎてしまった。
「まあ、別に、たまには」
航一が何でもない風にそう言った。
「明日の仕事、大丈夫?」
「大丈夫だよ、今日一日くらい」
「でも……」
「茜のおかげでいっぱい寝れたし」
航一はそう言うと嫌みなくまた笑った。笑ってくれた。
「……ごめん」
「ん?」
「起こしたく、なくて。私、その、起こさなかったんじゃなくて……、寝てて欲しかったんでもなくて……、ここにいてほしかった」
「……そっか」
航一はすぐに言葉を続けることはなかった。ぐるりと私の部屋を見渡した。
小さいテレビ。白い電灯。扉の閉まったクローゼット。まだ畳んでない段ボール。本棚。壁掛けカレンダー。ノートパソコン。
とっくに砂の落ちきった砂時計。
「…………」
航一は砂時計に手を伸ばし、ひっくり返した。
青い砂が落ちていく。
何を計っているんだろう。
「まあ、ほら、起こしてって言わなかった俺が悪いよ」
なんとも言えない、フォローの言葉。
「……でも」
「いてよかったんだって思ったし」
「え?」
「茜、いてほしかったって、いてよかったんだ、俺。終電過ぎても」
「い、いいよ。いいよ、もちろん」
喉が突っ返そうになりながら、私はそう言った。
もちろん。
思わずそう言ったけれど、今まで一度も言っていないかもしれない。
「帰らないで」なんて言えなかったけど、「もうちょっといる?」とも言ったことなくて、「たまにはゆっくりしたら」すら、軽く口にすることすらしなかった。
「じゃあ、もうちょっとこれからは、いるようにするよ、俺」
「い、いいの?」
「茜こそ」
「いいよ、いい」
「そっか、そうだったんだ。聞けばよかった」
「……私も、言えばよかった」
なんとかそう言った。
砂はまだ全然、落ちきらない。
「えっと……茜、眠いだろ? いつもはもう俺帰ってるもんな」
「……わりと起きてるから、まだ平気」
「そうか、それならいいんだけど」
「航一は?」
「いつもならまだ電車の中だし、電車の中では寝てない」
「そっか」
「今日は久しぶりにぐっすり寝たし」
「あれで……?」
ずいぶん寝苦しそうだったけど、あれでぐっすりって心配になる。
「寝相悪いってよく言われる」
「いや、あれはもう寝相って言うか、もっとなんか……」
「心配してくれるんだ」
「当たり前じゃん……」
砂時計を見た。半分より、ちょっと多い。
「昔と比べたら?」
「え?」
「いや、ほら、大学の時とか、結構寝てたと思って」
「えっと……」
寝てた。
私の部屋の床とかに、転がって寝ては、起きて身体を痛めてた。
「……見てなかったかも」
「うん?」
「あの頃、顔とか見てなかった」
寝てるなと思って、たまに毛布掛けてあげて、それで終わり。
寝顔なんて、気にしてなかった。
「そうなんだ」
「日常だった」
普通だった。自分の部屋で航一が寝てるのが。
気付けば普通じゃなくなってた。特別になっていた。
「あのさ」
航一は砂時計を見た。
半分を、過ぎたあたり。
「茜さえよければなんだけど……、ちょっと散歩しない?」
「散歩?」
時刻は終電が終わって、深夜0時を回った頃だった。
砂の落ちきった砂時計が、チラチラと視界に入る。
ああ、これがここにあるのって、私がアラームに気付いていた証拠になっちゃうな。
そう思っても、片付ける気力が湧かなかった。
しばらくして廊下をひたひた歩く音とともに航一が部屋に戻ってきた。
「ごめん、腕時計、うるさかったろ」
「いや、えっと……っ」
言えない。テーブルから拾い上げたからうるさくなかった、なんて。
「寝てたの、珍しいね」
へたくそな誤魔化し。
「うん。飲みすぎたかな」
「そういう感じじゃなかったよ」
思い出す。夕ご飯の光景。いつもの適当に入る店トップ3くらいの個人経営の居酒屋。
『居酒屋だけど、とにかくご飯食べちゃうんだよね』なんて言い合うくらい食事が美味しくて、お酒は二杯くらいしか飲んでない。
「そうだよな、いつもどおりだった」
航一はそう言って私の隣、クッションも使わず床に座った。
シャワー上がりの体温がほんのり近い。
ベッドの上でのどこか性急な熱ではなく、ほっとするような穏やかな温度。
「仕事、疲れてた?」
問い詰めるみたいに尋ねる。
違うのに、もうちょっと、優しく柔らかく質問したいのに。
「ほっとしてた。……茜のベッドだなあって」
「なんかそれ変態っぽい」
つい口をついて出たのはそんな言葉。
「そうかも」
航一はそう言って小さく笑った。
「あの、終電……」
「うん、もう行ったよな」
航一が手に持ってた腕時計を見た。一回つけて、シャワーを浴びるときまた外して、ここでも外したまま。
10分とか5分とか、とっくに過ぎていて、終電の時間は過ぎてしまった。
「まあ、別に、たまには」
航一が何でもない風にそう言った。
「明日の仕事、大丈夫?」
「大丈夫だよ、今日一日くらい」
「でも……」
「茜のおかげでいっぱい寝れたし」
航一はそう言うと嫌みなくまた笑った。笑ってくれた。
「……ごめん」
「ん?」
「起こしたく、なくて。私、その、起こさなかったんじゃなくて……、寝てて欲しかったんでもなくて……、ここにいてほしかった」
「……そっか」
航一はすぐに言葉を続けることはなかった。ぐるりと私の部屋を見渡した。
小さいテレビ。白い電灯。扉の閉まったクローゼット。まだ畳んでない段ボール。本棚。壁掛けカレンダー。ノートパソコン。
とっくに砂の落ちきった砂時計。
「…………」
航一は砂時計に手を伸ばし、ひっくり返した。
青い砂が落ちていく。
何を計っているんだろう。
「まあ、ほら、起こしてって言わなかった俺が悪いよ」
なんとも言えない、フォローの言葉。
「……でも」
「いてよかったんだって思ったし」
「え?」
「茜、いてほしかったって、いてよかったんだ、俺。終電過ぎても」
「い、いいよ。いいよ、もちろん」
喉が突っ返そうになりながら、私はそう言った。
もちろん。
思わずそう言ったけれど、今まで一度も言っていないかもしれない。
「帰らないで」なんて言えなかったけど、「もうちょっといる?」とも言ったことなくて、「たまにはゆっくりしたら」すら、軽く口にすることすらしなかった。
「じゃあ、もうちょっとこれからは、いるようにするよ、俺」
「い、いいの?」
「茜こそ」
「いいよ、いい」
「そっか、そうだったんだ。聞けばよかった」
「……私も、言えばよかった」
なんとかそう言った。
砂はまだ全然、落ちきらない。
「えっと……茜、眠いだろ? いつもはもう俺帰ってるもんな」
「……わりと起きてるから、まだ平気」
「そうか、それならいいんだけど」
「航一は?」
「いつもならまだ電車の中だし、電車の中では寝てない」
「そっか」
「今日は久しぶりにぐっすり寝たし」
「あれで……?」
ずいぶん寝苦しそうだったけど、あれでぐっすりって心配になる。
「寝相悪いってよく言われる」
「いや、あれはもう寝相って言うか、もっとなんか……」
「心配してくれるんだ」
「当たり前じゃん……」
砂時計を見た。半分より、ちょっと多い。
「昔と比べたら?」
「え?」
「いや、ほら、大学の時とか、結構寝てたと思って」
「えっと……」
寝てた。
私の部屋の床とかに、転がって寝ては、起きて身体を痛めてた。
「……見てなかったかも」
「うん?」
「あの頃、顔とか見てなかった」
寝てるなと思って、たまに毛布掛けてあげて、それで終わり。
寝顔なんて、気にしてなかった。
「そうなんだ」
「日常だった」
普通だった。自分の部屋で航一が寝てるのが。
気付けば普通じゃなくなってた。特別になっていた。
「あのさ」
航一は砂時計を見た。
半分を、過ぎたあたり。
「茜さえよければなんだけど……、ちょっと散歩しない?」
「散歩?」
時刻は終電が終わって、深夜0時を回った頃だった。



