君の声が溶ける、その前に

 暗室のカーテンが軽く揺れ、赤い光の境界線が開く。
 
 「失礼します」
 
 落ち着いた声、でもどこか弾む高音。

 高森夕紀がヘッドホンをつけたままの姿で立っていた。

 制服の胸ポケットに小型リニアPCMレコーダー。

 片手には紙コップのアイスコーヒー二つ。
 
 「コーヒー、差し入れ。今、手離せなければ置いとくよ」
 
 「……ありがとう。匂いだけで十分生き返る」
 
 そう答えた瞬間、自分の声の小ささに気づく。

 夕紀はカーテンの内側に一歩入り、赤色灯の下で柚花のフィルムを覗きこんだ。
 
 「ブレてないのに、ここ——」人差し指で指したのは雨粒の反射。

 「ピントより先に“音の揺れ”が映り込んでる。こういうの、好きだ」
 
 琴線を掠めた言い方をする人だ。

 照れるより先に好奇心が動く。
 
 「揺れて見えるのは、耳鳴りのせいかも」
 
 前のめりで出た本音を、口にしてから慌てて飲み込む。

 だが夕紀は眉をひそめ、すぐに笑いへ変えた。
 
 「じゃあ、それごと録ろうよ。見えない音を写真に、見える静けさをラジオに」

 言葉がリズムを伴って心臓に届く。耳鳴りの奥で、低音が共鳴する。