非常扉を押すと、外気が肌を刺すほど冷たい。
屋上へ続く短い外階段を上がり、雨樋から落ちる水滴の連打を聞きながら立ち止まる。
都市の遠景がグレーのヴェールに霞んでいる。
ICレコーダーを取り出し、録音ボタンを押す。
小さな赤い光点が点滅し、残時間の数字が逆回転を始めた。
十秒の雨。それは、百日への祈りの最初の粒。
消えゆく音を閉じ込めるには短すぎるけれど、
無音へ傾く針を少しでも引き戻すには十分かもしれない。
ストップボタンを押し、イヤホンで確認する。
雨粒、遠いサイレン、カメラバッグの革が擦れる微かな音――それらが確かに“世界の音”として録れている。
胸の奥で、聞こえない将来への恐怖が、ほんのわずか形を変えて“今ここにある”という手触りに変わった。
柚花はファインダーを覗き、雨に煙る街へ向けてもう一度シャッターを切った。
カシャン。
シャッター音が鼓膜を震わせる。
残響メーターは 100 %から 0.5 %だけ減った気がした。
でも数値の分だけ、写真と音が世界をこちら側に繋ぎ止めた。
レンズ越しに見えた雲間の光が、さっきよりも少しだけ鮮やかだった。
――decibeldiarystart.


