君の声が溶ける、その前に


 
 階段の踊り場へ視線を上げると、ガラス扉の向こうに雨雲を透かした午後の光が薄く射していた。
 
 さっき撮ったポラロイドの像が現れ始める。

 非常口の緑、その下に佇む自分の薄い影、そして偶然写り込んだ無人の廊下――写真の右上で化学反応の光漏れが虹色に滲んだ。

 まだ世界は色を持っている。
 
 私の耳が白く塗り潰されても、
 
 レンズとマイクが色と音を掬い上げてくれるかもしれない。

 柚花はゆっくりスマホに返信を打った。

 To:高森夕紀
 
  「今は病院の階段で雨音を聞いてる。
 
 まだ 100 %。

 でも、メーターを合わせるっていうアイデア、借りるね。

 今夜試しに“雨のポストカード”送る」

 送信と同時に鼓動がひときわ強く鳴り、耳鳴りのザザッが小さく後退した気がした。