君の声が溶ける、その前に

 傘を持たないまま昇降口へ戻ると、雨は徐々に細くなっていた。

 生徒たちは濡れたスニーカーのまま自転車を押し、夕陽がひとかけらだけ雲間を割って校舎の窓に跳ねる。
 
 夕紀が傘を開き「家どっち?」と聞く。
 
 「駅まで十分」
 
 「じゃあ送るよ。耳鳴りで足元ふらつくと危ないし」
 
 断りかけた瞬間、スパイクで跳ねあげられた昼の水滴が脳裏でスローモーションになった。

 被写体の足は速いのに、カメラのシャッターはその一コマを切り取れた。

 今度は自分が、その切り取られる側になってもいいかもしれない。
 
 「……ありがとう」
 
 差し出された傘に潜り込む。傘の布を叩く雨音が耳鳴りのザザッを包み、しばらくのあいだ無効化してくれる。

 それがとても不思議で、同時に愛おしかった。