君の声が溶ける、その前に

 レコーディングが終わるといつのまにか外は本降りに変わっていた。
 
 白い壁を濡らす雨線を眺めながら、夕紀がメモ帳に何かを書き込む。
 
 「これ、残響メーターの仕様書。数字を“可聴残日数”に換算してラジオで毎週カウントダウンする。どう?」

 差し出されたページには、円形ダイヤルと『100 % → 0 %』のグラデーション。

 0 %の横に『photo&voice = silence∞』と手書きで添えられていた。
 
 「ゼロになったら、どうなるの?」
 
 問いながら、自分の声が震えていないか確認する。
  
 「ゼロは終わりじゃなくて変換点さ。君の世界が無音になるなら、僕の声を“振動”で届ける。それまでは“交換日記”で世界を録り合
 
 う」
 
 まるで当たり前の数学の公式みたいに言う。息を呑むほど自然で、図々しいほど優しい。
 
 柚花はメモ帳を受け取り、百の数字の横に小さく〈ザザッ〉と書き足した。
 
 「耳鳴りのノイズ。これも残していい?」
 
 夕紀は満足げに頷き、ON AIRランプを指差した。赤い光が二人の視線の上で点いたり消えたりする。

 
 残響メーター:72 dB → 72 dB(※ノイズ分 2 dB 減算)

 
 数字はほとんど変わらない。けれど、それが0へ向けた確かな第一歩だと胸に刻む。