君の声が溶ける、その前に

 暗室を出るころには日が傾き、校舎の窓ガラスが金色に染まっていた。

 写真部廊下と放送部準備室のあいだはわずか九十歩。

 耳鳴りの砂は相変わらずザザッと波打っているけれど、背中を押す何かが揺るぎない歩幅を作る。
 
 放送ブースの扉を開けると、冷房特有の乾いた空気と電子機器の匂いが鼻腔をくすぐった。

 壁いっぱいの吸音パネル、視界の中心に鎮座するコンソール卓、天井に吊られたブームマイクたち。

 それらが赤いON AIRランプの仄光を浴び、まるで演奏前のオーケストラのように静寂を整えている。
 
 夕紀はカウンターの上にICレコーダーを置き、ヘッドセットを柚花に渡した。
 
 「テストでいいから、さっきの雨音とシャッター音、重ねて聴いてみて」
 
 ヘッドセットを耳にかけると、耳鳴りのザラつきが一瞬だけ遠ざかった。

 再生ボタンに指が触れる。
 
 パシャ——シャッターの乾いた音。続いて転がる雨粒のリズム。
 
 そして、
 
 「……放課後の虹を探しに行く足音だよ」
 
 ――夕紀の落ち着いた声がクロスフェードのように被さった。
 
 鼓膜の奥が震えた。耳鳴りも、ノイズも、そのときだけは音楽の一部として同化した。