「……マラカイトってさあ」
「黙って作業できないんですか……」
 五分もしないで口を開いた玉蘭に呆れた声を出しつつ、白英は一応話を聞く。
「すり潰される前の石、見たことある?」
「わからないです」
 コイツ石に興味がなさ過ぎる。
「これなんだけどさ」
 玉蘭は棚から自分の宝石箱を取り出した。
「こら、よそ見しない」
 白英が軽く叱ってくるのは聞き流す。

「ほら、これ」
 濃い緑の中に白い縞が同心円状に入った石を取り出す。
 形はややいびつだ。馬家で加工した際、削って要らなくなった部分をもらってきている。馬家にいるころ、自分で磨いたので表面には光沢があるが、特に何の形をしているわけでもない。手の平に乗るくらいの大きさだ。
「縞が……いっそ禍々しいですね」
「そうも見える」
 白英の素直な感想に、玉蘭はうんうんとうなずく。

「我が国の守り石は、石なら何でも良いけど、他の国でもマラカイトはお守りとして使われるの。子供のためのお守り。この縞が目に見えるから、『魔を見て追い払ってくれますように』って」
「そんなグルグルした目の人いませんよ。異国にはいるんですか?」
「そう見えるって話。いや、いるのかもしれないけど……」
 とりあえず馬家にいたころはそんな人間は見たことがなかった。前世でも見たことはない。
「つまり、その石は形を保ってこそのお守りだ。やはりすり潰したのは問題だったと言いたい?」
 白英は先日の宮女達を思い出したのだろう。
「いいえ。記録にもあったけど、亡くなった宮女が持っていたマラカイトはここまで綺麗に縞模様は出ていないわ。だから、別にすり潰したところでどうってことはないの」
「ああ……。縞が綺麗に出ている方が価値が高い?」

「そうね」
 うなずいてマラカイトを箱に収め、棚に仕舞う。
「そしてそれはラピスラズリも同じ。群青色がむらなく広がり、そして金色の斑点が綺麗に散らばっているものほど高価」
「なるほど。ところで瑠璃の金色の斑点って金なんですか?」
「ううん、これは黄鉄鉱……愚者の金」
 黄鉄鉱は鉱物の一つ。金に似て見えるが、組成が違う。
「黄鉄鉱はねー、面白いのよー、四角い金属が母岩から生えてる感じの見た目でー」
「それ長くなります……?」
 白英が嫌そうに言った。

「じゃあ、姫宦官がなんか面白い話してよ」
「えー……」
 白英は顔をしかめてしばらく考えていたが、結局諦めた。
「面白くない話なら、あります」
 真剣な顔でそう言われ、玉蘭は白英の方へきちんと向き直る。
「必要な話?」
「まあ」
「わかった」
 書類に目を通しながら、玉蘭は傾聴の姿勢を取る。

「……女官はたいてい守り石を目につくところにつけています。しかし、宦官は違う。自分のようにパオと一緒に保管しているものなどがいる。さて、そんな宦官が死んだ時、守り石はどうなると思います?」
「ん……」
 玉蘭は書類を見つめる。ちょうど葬式の記録だった。
 この半年の間に病死した宦官がいたらしい。幸いにしてその宦官の守り石は胸元から布に包まれ、発見されたため、遺体とともに親元に返したという。しかし、見つからなかったなら?

「探さなきゃいけないよね、守り石」
「ええ。ちなみにパオは宦官と一緒に埋葬されるのが普通です。そしてパオと一緒に守り石を保管している宦官は、まるごと埋葬されるのが一般的です。俺もそう届けを出しています」
「ってことは、姫宦官はパオと山珊瑚と一緒に埋葬されるわけだ」
「はい。ですが、それは本当に俺の守り石でしょうか?」
「ん?」

「俺が生前、誰にも守り石のことを話さなかったら。もう身寄りがない宦官が死んだなら。その宦官の守り石について誰も知らなかったら……」

「……守り石のすり替えが起こりうる?」
「はい。……大粛清で多くの宦官と女官、それに皇子が二名亡くなりました」
「…………」
 大粛清。実際に何が起こったか詳しくは聞いていなかった。その場にいた人間に断言されると、玉蘭は黙るしかない。
「人がたくさん死ぬと、その処理は雑になります。なりました」
「…………」
「守り石が見つからないまま荼毘に付されたものも、それなりにいたようです」
「……死人の、守り石?」
 玉蘭はラピスラズリを見た。深い青色はただ静かにそこにある。何も語らず、主人のことなど何一つ教えてはくれず、そこにある。

「まあ、可能性の話です」
「いや、でも……」
 落ちていた楊賢妃の元で持ち主が見つからなかったのなら、その可能性は高いのではないだろうか。
 そして大粛清。その混乱の中の記録など、きちんと残っているとも思えない。
「……ちなみに楊賢妃さまのところには、粛清された人とか……」
「いたはずです。ただ外様の官だったので、楊賢妃本人とお子様方はおとがめなしです」
「そう。その人の記録、どこかにあるかしら」
「あとで調べておきます。何事もなくこの記録の中から見つかるなら、それが一番でしょうし」
「そうね……」
 というわけで、結局、気合いを入れなければいけない。

「そもそもラピスラズリが出てきたのが一週間前じゃ、時間が合わない……よね」
「そうですね」
 玉官が死に絶えたのが半年前。大粛清もそのころのはずだ。
「……半年も経って出てきた死人の石って、もうお化けじゃない……」
「お化けとか、信じる派ですか?」
「信じない派……だったはずなんだけどね」
 前世の自分は。
 今や自分がお化けみたいなもんである。

 そうしてふたりはその日の午後を書類の精査に費やした。



「多いですねえ、青い石」
「うん……」

 まだ書類すべてを精査はできていないが、それでも十数名が見つかった。
 今のところラピスラズリはいない。

「……意外と情報更新もいるわね」
 抜きだした十数名の情報を睨みつけながら、玉蘭はそう言った。
「いましたね」
「玉官不在時にわざわざ更新したがるって……怪しくない?」
 玉官相手でないのなら、多少石のことで誤魔化しをしてもバレない可能性がある。
 更新されている情報に目を落とす。石の名前が判明したとか、傷がついてしまったとかの申請があった。
「ああ、確かに。……でも、ラピスラズリを無くした人間が、情報秘匿のために更新するなら、わざわざ青色って言わなくないですか?」
 白英が腕を組みながらそう言った。玉蘭はうなずく。
「そうね。でも、代わりに用意できた石が青しかなかった可能性もあるわ。……そうなると、身分が低い人間が怪しいということになってくるわね。高貴な人は石ならいくらでも用意できるし……」
「確かに。でも、その可能性を探ると、今度は色関係なく、情報更新をした人間をいちいち漁る必要も出てきませんか?」
 白英はちらりと書類を見つめてそう言った。彼ですら明らかに嫌がっている顔をしている。
「グギギ」
 玉蘭は歯を食いしばった。

 困難の原因がわかった。宝玉宮には情報がありすぎるのだ。
 結局、その情報が役に立つかどうかは自分たちで確かめに行かねばならない。
 安楽椅子探偵を気取っているわけにはいかないようだ。

「ひとまず、明日の午後には朱瓔宮に向かいますので、午前中にはこの十数名に接触してみますか? 書類精査ばかりでは息が詰まるでしょう」

 白英自身も少し疲れた顔でそう言った。

「そうね、気分転換は大事だわ」

 その助け船に、玉蘭は素直にうなずいた。