「呪われていると思うんです」
 揃って赤い目をした宮女(きゅうじょ)3人は、うつむきながらそう言った。

 3人の対面に腰掛けた女官はじっと彼女達を見つめた。
 女官の名前は()玉蘭(ぎょくらん)
 首元が丸い長裾(スカート)に、透けた紗絹(しゃぎぬ)を羽織っている。服の色形は質素ながらも物は良く、彼女が忙しく動き回るような立場でないことは一目で見て取れる。結い上げた髪には二、三の石がついたかんざしを挿しているが、その石もかんざしの金も質が良く、彼女の身分か財力、どちらかあるいは両方がそれなりであることを言外に示している。

 この後宮で赤い目をしている女達を見ると、叱られて泣き腫らしたのかと思ってしまいそうだが、玉蘭にはひと目で違うとわかった。

(かぶれ、アレルギー、湿疹……原因はわからないけど、とにかく疾患による腫れ、ね)

 冷静に彼女は宮女たちの症状を見つめ、続けて胸元に目をやる。

金剛石(ダイヤモンド)、真珠、瑪瑙(めのう)、か)

 彼女たちはそれぞれ小指の先ほどの石を首飾りにして首から提げていた。
 それらは(まも)(いし)と言った。
 この珠国(しゅこく)では、産まれたときにお守りとして石を贈られる。
 どんなに身分が低く、貧乏人でも、どうにかして宝玉を手に入れる。
 不純物が多かったり、小さすぎたり、形が悪かったり、そういうものはなんとか安価で手に入る。
 それを買えないほどに金がないのなら、川原の石を拾ってくることさえある。
 大切なのは石の価値そのものではなく、親が子に願いを込めて送ったという事実だとされている。

 よほど狭量な妃嬪(ひひん)に仕えているのでもなければ、後宮においてはどんな身分の女でも守り石だけは飾りとして身につけることが許されている。

(でも、守り石によるかぶれではなさそうね)

 そもそも3人が同じ症状を出し、違う石を身に着けているのだ。守り石が原因というわけではあるまい。
 しかし、彼女たちは何らかの石の関与を疑っている。
 そうでなければ、玉蘭のところには来ない。

 この宝玉宮(ほうぎょくぐう)玉官(ぎょくかん)のところには。

 後宮というところは女が一度入れば滅多なことでは出ることができない。
 そうなると後宮の中に住む彼女たちの守り石の手入れをする人間が必要になる。
 かんたんな手入れなら素人でもできる。
 しかし、傷がついた。汚れが落ちない。欠けてしまった――。
 曲がりなりにも石である以上、なんだかんだと面倒ごとはつきない。
 地方のどんなに小さな村でも一人か二人は守り石磨きという職業のものがいて、守り石に起きた問題を解決してやっている。

 後宮においては玉官がその仕事を担う。
 皇帝から任命される高い地位を約束された役職である。
 普通の宝飾品であれば、手入れや修理などは外の職人に預けてしまえばよいが、守り石だけはそうはいかない。
 何しろ産まれたときから持っているお守りなのだ。一日だけでも手放すことを不安がるものは多い。
 だからこうして後宮の中には守り石専門の職があり、今は宝石商の娘である玉蘭が女官としてそれに就いている。

「詳しく聞かせてください」
 玉蘭は宮女たちを促した。
 お互いに目配せをしてから、真珠をつけた宮女が口火を切った。
「4ヶ月前、同期の宮女が病に伏せり、3ヶ月前に亡くなりました」
 玉蘭はうなずきながら話を聞く。
 宮女が病で死ぬ。まあ、よくある話だろう。後宮には何千という女がいる。その中の一人が死ぬことくらいは日常茶飯事だ。
 その宮女が誰かにとって特別な相手だとしても、死というものだけは誰にでも平等である。
「亡くなる前、彼女は私達3人に自分が死んだら守り石を託すと言ったのです」

「その(かた)、後宮の外に身寄りは?」
 守り石を持ち主が死んだときにどうするか。それには様々なしきたりがあり、地域や時代によっても違う。
 しかし基本的には家族に託すことが多い。裕福な家であれば、そのまま弔いの品として死者とともに副葬したり、墓や祭壇に飾ったりもする。あるいは貧乏な家であれば、新しく産まれてくる子の守り石にするために取っておいたり、生活の足しにするために売ってしまったりもする。
 どちらにせよ、持ち主がこのようにしてくれと頼めば、基本的にはそれに従う。売っていいと言われたならば売ってもよいし、売ってくれと言われたならば売らなくてはならない。
 そして後宮において死者の守り石は、遺体とともに家族の元へ帰る場合が多い。
「いませんでした。私達、皆そうです。身寄りはありません。生きるために後宮へ入りました。たまたま同期で、たまたま高夫人(こうふじん)の宮殿に配属されて、だから、4人で慣れない都でお互いを励まし合いながら生きてきました」

 玉蘭は静かにうなずき話を聞く。
「ただ問題もありました。私達は3人だけれども、石は1つ。しかし彼女は3人に託すと言った。これはどうしたらよいか? それを話し合っている中、案が出ました。すり潰して顔料として使いましょうって」
 それもまた決して珍しい使い方でもない。故人を偲んで家の飾りや肖像画に故人の守り石の粉末を使うのも、よくある話だ。
 美しい宝玉はものによってはすり潰しても美しい色が出るのだ。
「確かにそれなら3人でも使える。私達みたいな庶民の持つ守り石は、形も良くなく小ぶりだから売ろうとしたところでさほど価値もない。二束三文を山分けするよりは、美しい色をそのままに潰してしまった方がいいだろう。4人でそう決めて、届けも出して、そうしてから彼女は亡くなりました」
 守り石を死後に託す先を決めたなら、後宮では宝玉宮に届けを出す。そうしておけば面倒な諍いや誤解が少なくなる。

 玉蘭は、背後に気配を消して控えていた宦官の()白英(はくえい)に目配せする。
 白英は長身の色男。本来は玉官ではないが、現在はわけあって玉蘭の補佐として宝玉宮に勤めている。
 白英はうなずき、奥の書庫へと向かった。
 書庫には近い年代に作成された書類が収められている。古いものだと他の所へ移してしまう。しかし4ヶ月前に病に伏せり、3ヶ月に亡くなった宮女の届けなら、まだ書庫にあるだろう。
「続けてください」
「……私達は彼女の死後、守り石をすり潰し粉末にして小さな壺に収めました。そしてそれで目元を彩りました。我々の主である高夫人は艶やかなものが好きで、宮女であってもお洒落を許してくださいます。むしろ推奨してらして、(べに)なんかのお下がりをぽんとくれてしまうほどです。そういうこともあって、私達は彼女の守り石を特に化粧道具として使うことにしたのです」
 そこまで言って、宮女は言いにくそうに口を歪めた。
 玉蘭は、ためらわずに結論を口にした。
「そうしたら、皆さん揃って目が腫れた、と」

 宮女たちはうつむいた。
「はい……。だから私達、守り石に呪われているんだと思います」

 宮女達は怯えながらそう言った。
 守り石の力を大なり小なりこの国の人々は信じている。
 その信じる気持ちは、時に大きな恐れとなる。
 玉蘭は彼女達の怯えに呑み込まれないように、静かに息を吐いた。