口元から垂れた涎が光った。犬歯を大きくしたような黄みがかった鋭い牙の隙間から、地の底を這うような呻き声が聞こえる。目はぎょろりと大きくて、今にも飛び出しそうなほど剥き出ていた。
顔も憤怒に染まったような赤だ。
誇りを被った乱れた黒髪の間から、二本の太いつのが生えている。
子供のような姿形だ、けれどあれはこの世のものではない。
あれは。
「童鬼か」
亀世さんが眼鏡を押し上げた。
童鬼、その名の通り童の姿をした鬼の妖だ。死後に供養されず親に忘れられた子供が、童鬼になると言われている。
「泰紀回り込め! 恵衣は奏上!」
聖仁さんの怒号が飛び交う。三人は童鬼を取り囲むように陣形を変えていく。
空亡の残穢を取り込んだのは、童鬼だったんだ。
そこでやっと、先程薫先生が呟いていた言葉の意味を理解する。
「恵衣そっち行ったよ!」
童鬼が勢いよく方向を変えて恵衣くんの方へ走り出す。素早い反射神経で避けた────というか逃げた。恵衣くんは青ざめた顔が隠しきれていない無表情で童鬼と向き合う。
ちらりと薫先生を見る。
「薫先生、恵衣くんの弱みを知ってたんですか?」
満面の笑みをうかべる。
「もっちろん。成績優秀、品行方正な恵衣が実は鬼が苦手だなんて、こんないじりがいのあるネタ他にないよ」
だからさっき"恵衣だけだと微妙だ"なんて言ったんだ。
最低だ。大人としてどうなんだ。



