そういえば、と台所の出入り口を振り返る。
麻さんはいつもおっとりした神職さまと一緒にいる印象なのだけれど、今日は来ていないのだろうか?
たしかゆいもりの社の神主さまだったはずだ。
「今日は神主さまはご一緒じゃないんですか?」
私の質問に、禄輪さんと麻さんは顔を見合せて苦笑いを浮べる。
「三門がいると面倒なんだよ。あれはされるなこれはさせるなって。祝寿がもうひとりいるようなもんだ」
黙って聞いていたお兄ちゃんが「ちょっと禄輪さん!」と不貞腐れた声で反論する。
お兄ちゃんと目が合った。麻さんに視線を戻す。
「大変なんですね、麻さんも」
「ちょっと巫寿ぉ!?」
お兄ちゃんうるさいとひと睨みして黙らせる。
「麻さんもかむくらの神職なんですか?」
「ううん、私は違うよ。でも禄輪さんには前にお世話になったから、たまにこうしてお手伝いすることがあるの。私の授力で」
授力?と思わず聞き返す。
まさか麻さんも授力を持っていたなんて。
麻さんはひとつ笑って頷き、テーブルの上に指で文字を書く。可愛らしい梅の花のネイルが施された指先をじっと見つめる。
「去、見……?」
「そう。去見の明っていうの。私は人の想いを受け取って、その想いに関する記憶を見ることができるんだ」
去見の明、聞いたことがある。その時は確か、過去を見る力と教えてもらったような気がする。
私が持つ先見の明が未来を見るのに対し、過去を見ることが出来る授力。



