ああ、とひとつ頷いた斎守剣はふわりと棚を貫通してどこかへ消えてしまった。ギョッとしていると、すぐに巻物を片手に戻ってくる。適当に引き寄せた台座の上にその巻物を広げた。
斎守剣の隣に並んで覗き込む。それは巻物ではなく掛け軸だったらしい。
水墨画だ。羽衣のような美しい着物を身にまとった女神が真ん中で舞っていて、その前後に大きな刀を手にした男神が同じように舞っている。
「この手前にいらっしゃるのが我が主、稚豊命、最奥にいらっしゃるのが稚豊命の兄弟神であらせられる常珠舞祐彦命、常祐命。そして真ん中におわすが二柱の主、斎常舞比売命じゃ」
タイムタイム、と胸の前で両手を振った。
大量の人物紹介で一気に頭が混乱し始める。源氏物語を読み始めた頃のようだ。ちなみに源氏物語は途中で心が折れたので最後まで読めていない。
えっと斎守剣の主が稚豊命、その兄弟神が常祐命、その二柱のさらに主が斎常舞比売命ってことね。
一旦整理がついたので、続きをどうぞと手を差し出す。
「神話には残っておらぬが、二柱は斎常舞比売命にお仕えし、斎比売命が舞でお持ちになる巫女鈴、御覇李鈴を百年ごとに交互に守られておられた」
神話にはない話、そういうわけだったのか。
日本神話の授業で前に先生が教えてくれたことを思い出す。日本には八百万の神がいるので、全ての神話を記録することは不可能に近い。だから知られていない神話や、その土地にしか根付いていない神話が沢山あるのだとか。
これもそのひとつなのだろう。



