「旦那の不倫で自殺して幽霊にまでなっちまって、あのネーチャンも救われねぇよな」

「そうだねぇ。せめて安らかに眠ってほしいね」


薫先生は目を細めて相槌を打った後、略拝詞で残った残穢を清めその場に膝を着いた。小さく手を合わせる背中に、私たちも同じように手を合わせて頭を下げる。

ひとつ息を吐いた薫先生はゆっくりと振り返って私たちの顔を見た。


「さて、ここで質問です。生前と魂と自縛霊になった荒魂(あらみたま)は全く同じ魂でしょうか?」

「嘘だろ? こんなしんみりした空気でまだ授業続けんのかよ」


泰紀くんのツッコミに「あはは」と声を上げて笑う。


「せっかく教材があるんだから授業しないと。俺は君らに強く賢い神職になってほしいの」

「勘弁してくれよ……」


げんなりした泰紀くんに苦笑いを浮かべながら、神道における魂の考え方を思い出した。

そもそも人の魂は和魂(にぎみたま)とよばれるプラスの要素と、荒魂(あらみたま)と呼ばれるマイナスの要素が合わさって成り立っている。

その要素の均衡がとれた魂は、死後に御霊(みたま)と呼ばれる家や家族を守る存在になり、常世と呼ばれる死後の世界へ送られる。キリスト教でいう天国みたいな場所だ。

けれど、先程の女性のように後悔や無念を残した魂は荒魂(あらみたま)の部分が活性化し、やがてそれが自縛霊や怨霊へと変貌してしまう、というのが神道における魂の概念だ。

はい、と手を上げると「じゃあ巫寿」と指名された。