「────はい、はい。分かりました。では一旦社に戻ります」
電話相手が受話器を置いて、通話終了の電子音が耳元で鳴る。暗くなった画面を一瞥してから顔を上げる。「どうだった?」という問いかけに小さく首を振った。
「今、社に手隙の神職さまがいらっしゃらないみたいで。監督できないから戻ってきて欲しいとの事です」
了解、と答えた聖仁さんは、目を細めて暗闇を見下ろす。私たちは祥吾先生の家から少し歩いた場所にある河川敷へ来ていた。
目の前にはこの街へ来る時に電車で渡った大橋がある。
ちょうど電車が橋へ入ってきて、大きな音を立てて通り過ぎた。オレンジ色の光が川面に落ちてゆらゆらと揺れている。
小高い堤防から川を見下ろせば高架下の高水敷が深い影になっていて、暗闇の黒から滲み出るように別の黒がゆっくりと外へ流れ出ている。残穢だ。
「確認できるところだけ確認して、帰って報告書にまとめようか」
「くそ、この前の休みに魔除の香を調合したから、試したかったのに」
座り込んで高架下の様子を伺っていた亀世さんが小さく舌打ちして石ころを放り投げる。綺麗な放物線を描いて草の影に消えていった。
そばまで偵察しに行っていた泰紀くんが戻ってきた。
「聖仁さーん! 大した幽霊でもなさそうだし、俺らだけで祓っちゃわねぇ?」
「駄目だってば。俺らはまだ監督者がいないと神職活動が認められてないんだから」
「でも"殺してやるぅ!"って髪振り乱してたぞ? ほっといたらヤバくね?」



