「どうして今になって、その話をしようと思ったんですか?」
私の質問に、みんながちらりとこちらに視線を向けたあと祥吾先生を見上げた。祥吾先生は震える唇をゆっくりと開く。
「僕が民俗学に興味を持ち始めたのは、その……幼い頃から"見えた"からなんだ。と言っても、紫色の靄のようなものがうっすら、見える程度なんだけど」
紫色の靄────残穢。
祥吾先生が見ているのは妖たちが残す残穢だ。慶賀くんの妹賀子ちゃんと同じ、ほんの少しだけ見える人間なのだろう。
「それで最近……すごく嫌な感じがする場所の前を通った時に、見えたんだ」
「見えた? 何がだ?」
亀世さんの問いかけに、ぎゅっと唇を結んだ後、激しく目を泳がせた。
「辰巳を、見たんだ」
自分でも信じられない、という顔をした祥吾先生は両腕を抱えて項垂れる。
辰巳を見たって、陽太くんを見かけたということ?
「辰巳は昔と変わらない姿だった。最後に見た中学二年の校外学習の日と、何一つ変わっていない。思わず声をかけたんだ、でも辰巳は答えなかった。何かを探すように当たりを見回したあと、空気に溶けるみたいに、すっと、消えて」
中学二年のときから何も変わらない姿で、少しした後すっと消えた。
間違いなく祥吾先生が見たのは、本物の陽太くんではない。正確に言えば、生きた陽太くんではない。
もし陽太くんが生きているなら、あれから十何年も経っているのに当時と変わらない姿だと言うのが先ず変だ。
それにすっと消えた、という表現も人ならざるものであることが分かる。つまり祥吾先生が見たのはこの土地に残る陽太くんの想念が見せた生霊、もしくは彼の幽体になる。



