「それだけじゃなくて、辰巳の家は家庭環境も酷かったみたいなんだ。片親でずっと母親と二人暮しだったんだけど、母親が男を取っかえ引っ変えするタイプで、しょっちゅう違う男があのアパートに出入りしてたんだって。選ぶ男もろくな奴じゃないから、よく真夜中に喧嘩の騒音で通報されてたらしい」
ケトルからボコボコと湯が沸騰する音と、掛け時計の進む音がやけにうるさい。みんなが言葉を失い、口を閉ざしているからだ。
節々に妙な違和感はあった。あの重苦しい雰囲気のアパートを見た時、表に陽太くんの傘がなかった時、お母さんが「仏壇はない」と冷たい顔で告げた時。
そうだ、あの時と似ているんだ。私が昇階位試験で飛び級合格をした時だ。
当たり前のように受け入れていた人の温かさ、誰かからの親切、それらを感じない冷たく孤独な日々。
陽太くんはきっと、私なんかとは比べ物にもならないほど長い時間をその中で過ごしていた。
「陽太くんの家庭環境や周辺環境はよく分かりました。それで、彼が行方不明になった日のことは覚えていますか」
聖仁さんの静かな問いかけに答えるよりも先に、かしゃんとコップ同士がぶつかる硬質な音がした。驚いて振り返ると流し台に手を着いて項垂れる後ろ姿があった。



