勉強が苦手なだけで、悪いやつじゃなかったんだ。性格も穏やかで優しいし、みんな嫌がる飼育小屋掃除の週替わり当番も辰巳は進んでやっていた。ただ、他の生徒と少し違ってただけなんだよ。
心当たりがあった。小学生の頃だ。同じクラスに勉強と運動が特に苦手で、週に何度か特別教室に通っていた男の子がいた。
彼自身はひょうきんな性格で、先生のサポートもあり毎日楽しそうに学校に通っていたのを覚えている。
授業中に辰巳が答えられないような質問をしたり、テストの点数を晒したり、全校集会があるのを辰巳にだけ伝えなかったり。
そんな風に扱われているうちに、クラスの中でも自然と「辰巳には何をしてもいい」って雰囲気になって。
それからは、さっき上げた三人が主だって辰巳をいじめていた。物を隠したり壊したり悪口を言ったり。見たことはないけれど暴力も────あったと思う。
ふっと瞳に影がさす。
祥吾先生の顔と、最後に会った時の慶賀くんの顔が重なる。これは過去を悔いている人の目だ。
「馬鹿みたいな話だよね。いじめを見過ごしてた僕が、今じゃ子供たちにいじめはダメだなんて説教しているんだから」
はは、と力なく笑った祥吾先生が振り返った。
おかわり入れてくるね、と私たちのコップをお盆に乗せてキッチンへ歩いていく。
一瞬見えた目元が赤くなっていた。



