田口先生に教えてもらった住所をタクシーの運転手にそのまま伝え十数分、少し古びたアパートの前に着く。運転席の窓をコンコンと叩き素早く会計した田口先生。

外に出るともう辺は真っ暗で街頭の頼りない光が錆び付いた外階段を照らしている。

田口先生に案内され、アパート2階の角部屋に入った。


「狭くてごめんね」


申し訳なさそうな顔でいそいそと散らばった靴を足で隅に寄せた。

無駄なものは置かないタイプなのか、生活する上での必要最低限の物しか置かれていない質素な部屋で、唯一そこそこ大きめの本棚には学術書やらビジネス本やらが並んでいる。


「緑茶、コーヒー、サイダーどれがいい?」


キッチンに立ち冷蔵庫の中をのぞきこみながらそう尋ねる。


「あ、どうぞお構いな────」

「俺サイダー!」

「私はホットのブラック」

「お前らねぇ……」


私たちのやり取りに田口先生は楽しそうにくふくふ笑って「好きなの選んでいいよ」と目を細める。慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。


「あ、タグチセンセー。話始める前にさ、一個聞いていい?」

「ん? 何かな」


先にサイダー組のコップを持ってきた田口先生が泰紀くんを見て首を傾げる。


「センセーの下の名前なんて言うんだ? 苗字で呼ぶの気持ち悪くてさ」

「へ?」


予想外の質問だったのか泰紀くんの前にコップを置いた手のまま固まる。

ちゃんと説明しなきゃ分かんないだろ、と聖仁さんが苦笑いを浮かべて口を挟んだ。