恵衣くんがいなくなってしまったら。

想像するだけで体の内側に見えない何かが重くのしかかり胸が不安にざわつく。息が詰まるような焦りとひりつくような痛み、手足は冷たくなるのに目の奥がやたらと熱くなった。

握る手に力を込める。


「わ、悪かった。俺の失言だった。もう二度と言わないと約束する」


どこか気まずそうに焦ったような顔でそう言う。


「だから頼む、そんな顔するな。お前にそんな顔されると、どうしていいのか分からなくなる」


今度はとても困った顔をした恵衣くんが激しく目線を泳がせながら私の手を解こうとした。

そこで自分が今にも泣きそうな顔をしていることに気が付く。


「ほら、もういいだろ。冷めるぞ、食え。俺のもやるから」


逃げるように手を引いた恵衣くんは自分のお皿から角煮をひとつ摘んで私のお皿に放り込む。

好意の一欠片なのだろうけれど、食べ物で泣き止むほど単純で純粋だった時期はもう通過している。恵衣くんは一体私のことをなんだと思っているの?

貰えるものは貰っておくけれども。


どこか気まずい空気を感じながら、私たちは残りの角煮をつついた。