陽太くんのアパートが見えなくなって、クロールの息継ぎでもするかのようにプハッと息を吐いた泰紀くん。
「なんだよあのオバサン!? くそ感じ悪ぃな!」
「こら泰紀、言祝ぎを口にしなさい」
「でもさ聖仁さぁん!」
不貞腐れる泰紀くんの肩を宥めるように叩いた聖仁さんは苦笑いをうかべた。
今回は俺たちが悪いよ、急に訪ねたんだし。
それは聖仁さんの言う通りなんだけれど、それにしたってあんなに邪険にされるのは心外だ。
咄嗟についた嘘とはいえ行方不明の息子の友人が訪ねてきたんだし、話を聞きたいと思うのが親心なんじゃないのだろうか。
「少し気になったんだが、報告書には陽太くんが生まれたあと母親はすぐに離婚して母子家庭になったとあったよな? さっきの男は誰だ? 再婚相手か?」
亀世さんがメガネを押し上げながら報告書をパラパラとめくる。
確かに配られたファイルには母子家庭とあった。つまり陽太くんが行方不明になってから再婚したということだろうか?
「俺も一つ気になったんだけどさ」
聖仁さんが腕を組んで顎をさする。
「陽太くんのお母さん、"家に仏壇はない"って言ってたんだけど、皆どういうふうに捉えた?」
え?と皆が目を瞬かせる。
陽太くんのお母さんの言葉を思い出す。
"線香あげさせてくれって言われても、家に仏壇は置いてないし帰ってくれる?"
ちょっと冷たい物言いだけれど、言葉通り家に仏壇はないから帰ってくれという意味だと私は捉えた。



