男は手を止めた。深く顎を引いて手元に視線を落とす。沈黙が流れる。掛け時計の進む音が静かな空間に響いた。


「薫は……教師になったらしいですよ。母校の教師に」


目を瞠った清志は「知ってたのか?」と驚きの交じった声で聞き返した。

ええ、と低い声で答えた男はまた袋の中を漁り始める。


この男が再びウチを訪ねてきた日を思い出した。

娘が死んでから疎遠になりつつあって、突然の来訪にはたいそう驚いた。季節は確か冬だった。雪が降る中突然現れたこの男が自分の前で崩れ落ち懺悔した姿を今でも鮮明に覚えている。

その日を境に彼の前でその話題を出したことはなかったし、彼自身もその話題を避けているのだと思っていた。だから彼が、薫のその後を知っていたことが驚きだった。


「急にどうしたんですか?」

「いや……なんでもない」


勘の鋭い男だ、これ以上話せば何かに気付くだろう。口を閉じればそれ以上の深追いはしてこなかった。

久しぶりに薫の話をしたからだろうか、いつもどこか申し訳なさそうに顔を曇らせる男の表情が、どこか穏やかで優しい。そんな顔は久しぶりに見た気がする。

自分も思わず口元が緩む。


「どうしたんですか?」

「なんでもねぇよ」


清志はわざとらしく背を向けて戸棚の中をいじり始めた。


「晩飯どうします?」

「出前取るぞ」

「お義父さん、やっぱいい事あったでしょ?」

「うるせぇ」


機嫌よく鼻歌を歌う清志に男は小さく吹き出した。