「熊の急所は鼻先だ。ヤられる前にヤっちまおう」


ふぅ、と精神統一を始めた泰紀くんにもう何も言えない。

茂みの揺れがどんどん前に近付いてきている。泰紀くんが体勢を低くとった。一番近い茂みが左右に大きくガサリと揺れる。そして──。


「あ、やっぱり皆だった!」

「おらあああッ!!」


あれ、今一瞬見えたのって。

バッと現れたその影に泰紀くんが迷うことなくタックルを決める。聞こえたのは熊の鳴き声ではなく、「グハッ」という人の呻き声だった。


「な、何するんだよ……」


ゴッホゴッホと苦しそうに咳き込む"その人"。

聞きなれた声にみんなが目を見開き駆け寄った。


「えっ、来光くん!?」


泰紀くんに押しつぶされ目を回す来光くんの姿があった。


「は!? なんでこんな所にいんだよ来光! 紛らわしいだろ! 熊かと思ったじゃねぇか!」

「うっ……お前はまず先に僕に謝るべきじゃない?」

「あ、そっか。ハハッ、ごめんごめん」


涙目で泰紀くんを睨みつける来光くん。ちっとも悪びれもせずにケラケラ笑いながらその肩をバシバシと叩いた。