残穢が集まり塊となって意志を持ったものを、私たちは魑魅と呼んでいる。見つけ次第祓除を推奨されている危険な存在だ。
二年前────私がこの世界に足を踏み入れるきっかけになった妖もこの魑魅だった。
女性の涙ぐみ怯える目が、少し前までの自分と重なる。
すかさずポケットから形代を取り出しフッと息をふきかけた。軽やかな音とともに白煙を上げて宙で形を変えたそれは鳥の姿で夜空に舞い上がる。鳥は私の意思を汲み取り思った通りの方角へ羽ばたいた。
「眞奉!」
名前を呼べば何もない暗闇の中からぼわりと赤い炎が現れる。眩しいほどの光を発したその炎は燃え盛りながら徐々に人の形を作った。
炎を纏った翼に蛇の鱗を宿した四肢。燃えるように輝く赤い瞳に、瞳と同じ色の美しい赤髪。
「はい、巫寿さま」
私の隣に並んだ彼女は、目の前の敵に目を細めた。
「國舘剣をお借りしても」
私が答えるよりも先に眞奉は右手を横に差し出し軽く握りしめる。まるで最初からそこにあったように眞奉の手には黒光りする短剣が握られていた。
眞奉が翼をはためかせ飛び出す。熱風が辺りの残穢を吹き飛ばした。剣が靄を切り裂く。煙のように霧散して女性が地面にどさりと転がり落ちる。
その瞬間、大きく息を吸い込み鋭い柏手を響かせた。
「高天原に神留まり坐す 神漏岐神漏美命以もちて 祖神伊邪那岐命筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に 禊祓い給う時に生れませる────」
不浄を祓い心身を清める詞。
窓から入り込む早朝の清らかな風のように澄み渡った声で唱える。
「祓戸の大神達 諸々の禍事罪穢を 祓い給い清め給えと白す事ことの由を 天津神国津神八百万の神等共に 聞こし食せと恐み恐み白す────!」



