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20xx年 xx月xx日

その日だった。

いつものように土手で話している。
もうしばらくすると、公演に向けた説明会が行われる日で、演目と演じる役が伝えられる。
みんなが舞台に立てることは決まっているけれど、だれが主役になるんだろうねって話していた。
いつものように、にぎやかに。

......その裏に、主役を勝ち取りたいっていう欲があったんじゃないだろうか。

何気ない会話の中で、紗希子さんが口にした。
「かたき役も重要だよね」って。うんうんとわたしはうなづいた。

めずらしく朝比奈さんがいちばんに迎えに来てくれた。
立ち上がったわたしは、そこまでしか覚えていなかった。

......土手から落ちた。
病院に運ばれる前に最後に見たものは、こちらを見下ろす紗希子さんの姿だった。
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20xx年 xx月xx日

もうどうなってもよかった。
公演がだめになったとか、無事に行われたとか。わたしには関係のないことだと思った。
ぐるぐると包まれている足が、すべてだと思った。

ふたりがお見舞いに来てくれた。
心配そうに見つめるふたりに、わたしは微笑んで返した。
いつものように話していたかったから。ずっとわたしたちだからって思っていたから。
でも、わたしにはそれらが虚しかった。

そんな中、紗希子さんの言うことが頭から離れなかった。
「ごめんなさい、私が腕を伸ばしてしまったばかりに」
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20xx年 xx月xx日

昔、<ひだまりのいえ>で風鈴を割ってしまった子がいた。
決してわざとじゃないんだけど、きちんと謝っていたっけ。わたしは部屋の隅から、割れてしまった風鈴がかわいそうだなって思った。
それ以来、窓際になにかを吊るすことはなかった。
そういえばみんなが使う食器類はみなプラスチックだったっけ。

どうしてそんなことを思い出してしまうのだろうか。
あまりに疲れてしまったのだろう。もうあきらめてしまったのだろう。

なくなったものは、もう手に入ることはないなって思う。
わたしたちの関係はこんな安物みたいなものじゃなかったはずなのに。友情っていうものはいつまでもあると思っていたのに。
あの日以来、もう割れてしまった。
きっと、そうなんだ。

......あの人が悪いんだ。
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20xx年 xx月xx日

引き出しからペンダントを出した。
あの日、たまたま着けていったんだ。もう年季が入っているところに、土手から転げ落ちた拍子でまた傷が増えてしまっていた。
捨ててしまおうなんて思ったことはいちどもなかった。将来まで、決してないだろう。
みどり色の宝石だけはあの日のままだった。それだけが嬉しかった。
ペンダントをくれた人のことを思いだしたよ。
きみがわたしを守ってくれたんだよね。

ほんとうにありがとう。

うんと握りしめる。
ペンダントに祈りをささげよう。
神様にお祈りをしよう。
たとえ、この宝石がただの色のついたガラスだったとしても、きちんとしたエメラルドだと信じればいいんだ。
そうすれば、あの人に通じるよね。

......ふたりなら、きっとできるはず。
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20xx年 xx月xx日

あの人の言うことが分からなかった。
お見舞いに来てくれたとき、腕を伸ばしたばかりにって言っていた。
衝突してしまったのが、偶然なのか故意なのか分からなかった。いくら言われたことをかみ砕いても、言葉だけを拾い上げたら、どんな風にも捉えることができてしまうから。
......でも、きっとちがうって思う。

病室では、教室のこととか公演のこととか教えてくれた。いつものように話していた。でも、あんまり目を合わせてはくれなかったな。
どこかよそよそしい感じがして、もう立ち去ってしまいたくって。そんなことを感じてしまったから、わたしは虚しくなった。
今になって分かったよ。
わたしはあの時、作り笑いしかしていなかったし、聞いていた公演の話題を受け流していたし。
もう、それでよかったんだと思う。

同じ高校に行こうよって話していたのが不意になってもかまわなかった。

......わたしの願いは、たったひとつだった。
紗希子さんが地獄に落ちてしまえばいいのに。わたしのことを突き落としたんだから、わたしの足を台無しにしたんだから。
それくらいじゃないといけなかった。
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20xx年 xx月xx日

雨が降っていた。
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20xx年 xx月xx日

この日のことは、あんまり覚えていなかった。
おぼろに覚えていることを書いてみた。

夕方近い時間になって、詩央さんが病室にやってきた。
でも、彼女のようすはどこかおかしかった。制服姿でやってきた。全身が震えていて、肩で息をしていた。わたしのことを見つめながらも、なにも口にできないでいた。
どうしたのって聞いた。
死んだって言った。紗希子さんが死んだって言った。

あまりのことに、わたしはどんな返事をしたんだっけ。
小さく、そう......とは返した思う。
ちょっとだけ話して、詩央さんは帰っていった。背中姿の彼女は、とても疲れているように思った。

病室のテレビをつけてみた。
ほんとうだった。たった数分のニュースだったけど、十分だった。

わたしのせいだ。
わたしが、やってしまったんだ。
わたしが、呪いをかけてしまったんだ。

......こんなことになるなんて、思いもしなかった。
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 雷に打たれた。
 それほどに強い感覚だった。爪の先までしびれているような、震えているような。自分でもどう表現してよいのか分からない感情が、全身を包んでいる。
 動悸が止まらない。きちんと呼吸できているかどうかもう怪しかった。
 こんなにつらい感情を味わうなんて、はじめてだった。
 ぶつかってしまったアイスコーヒーが落ちた、ようだ。まわりの人に拾ってもらって、だいじょうぶかと声をかけてもらった。僕はどういう返答をしたかなんて、もう上の空だった。
 
 何ひとつ信じることができなかった。信じたくはなかった。
 
 栞たちの間に、たくさんのことがあった。
 親友も、友情も、そのうえ嫉妬も。いろんな感情たちが彼女たちを包み込んでいた。
 美しさを感じながら読んでいたのに、いつの間にか感じる色が変わってしまった。愛が憎しみに変わってしまうなんて、だれが考えるだろうか。
 まるで宝石のカットされた面のちがいで、色が異なって見えるような。
 昔に読んだ図鑑を思い出した。――宝石のカットされた面を"ファセット"という。
 栞の日記だってそう。姉やまわりの人だってそう。
 皆が信じてしまう。みんなが自分の瞳で見たものを、感じたものを。この世界のごく一部でしかない一面を。
 だからこそ、意見がぶつかることも、殴り合いのけんかも起きる。
 そうしてお互いに成長していき、相手を認められるようになる。手を取り合って、人生の大事な人を見つけることが何よりも美しい。
 人は、愛を求めていくものだから。
 それなのに、このふたりは自分たちで傷つけあった。挙句の果てに割ってしまった。
 呪いを信じきってしまったとしても。
 なにか意図があったとしても。
 お互いに手をかけてしまった事実はかえられない。
 呪い返し、なんだと思う。遊園地にあるガラスの国では、伸ばした腕は遠くにいくけれど、いざ目に見えるものは、こちらにも向かってくる腕でもある。
 合わせ鏡の中で、ふたりは迷っていた。
 いつの間にか、そんな迷宮に迷い込んでしまったのだろう。抜け出すにはどちらに行けばよいか分からなくて、ありとあらゆる方向に歩いてはぶつかっていく。そうしてお互いの心に人生の傷をつけてしまった。
 
 栞と出逢えてよかった。
 そう信じて疑わなかった。あれだけ喜びを実感したのに、未来を誓い合ったのに。いざとなっては涙のひとつも出てこなかった。
 あの時泣いた彼女が、すべてを物語っていた。
 自分のせいで死んだ友人の弟があらわれるなんて、なんてドラマチックな運命なんだろう。
 運命はどんなに美しくて、どんなに儚いんだろう。
 儚さがつれてくる雰囲気は慕情のような余韻があるのに、どうして残酷なんだろう。
 いくら己の罪に懺悔しても足りなかった。
 ――自分だって、紗希子と同罪なんだから。

 ・・・

 不思議な旅行だった。
 たくさんの出来事があった。数奇な運命に彩られていた。
 愛した人の酸いも甘いも感じた。
 
 ......まるで一生分の経験をしたような面持ちで帰路についた。