ついにバレエのくだりが出てきた。
 期待して読みだした。

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20xx年 xx月xx日

まぶしかった。
大きなぶたいがたくさんのあかりにてらされて、まぶしかった。

今日はあさひなさんがバレエに連れていってくれたんだ。
みんな見たことのないふくを着ていて、いろんなおどりをしていた。
ぶたいの上で着るふくを、"いしょう"って言うんだよってあさひなさんが教えてくれた。
目を大きくひらいて、むちゅうになって見ていた。

男の人が女の人を持ち上げていた。そのまま回転をしていた。
ああ、きれい。
口にしちゃったら、あさひなさんにひとさし指を当てられた。しずかに見ようねって。

庭で飛んでいたすずめさんを思い出したんだ。

わたしもあのぶたいに立ってみたかった。
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20xx年 xx月xx日

えりちゃんと学校から帰っている。
昨日バレエを見に連れていってくれたんだよって言った。
いろんないしょうを着て、いろんなおどりをしてて。わたしはたくさんのことを話した。
えりちゃんもよろこんでくれた。
えりちゃんもやっているのかと聞くと、やってないと答えた。でも、バレリーナの本なら持っていると言う。

こうさてんのところで、えりちゃんと別れた。
手をふりながら、教えてくれたんだ。
「バレエの話をしている栞ちゃん、とってもかわいいよ」
って。
わたしもうれしかった。
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20xx年 xx月xx日

えりちゃんと学校のとしょかんにいる。
かのじょがこれだよ、と教えてくれた本を取った。
<プリンセス・ソフィア>という名前だった。中学生の女の子"かおりちゃん"が変身してわるものと戦うはなし。変身したすがたがバレリーナみたいになっていた。

絵だけじゃなくて、ちゃんとぶんしょうもあった。
でもわたしは楽しくてどんどん読んでしまった。

読んでいるところに、えりちゃんが声をかけてくれた。
こんどわたしの家に来ないかって。
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20xx年 xx月xx日

あさひなさんに、えりちゃんのおうちに行っていいか聞いてみた。
ちょっとだけならいいよと答えてくれた。

えりちゃんのおうちはいっけんやで、二階にある部屋に連れていってくれた。
わたしがおどろいたのは、<プリンセス・ソフィア>の本が、たくさん並んでいたから。
すごいでしょ! ってじまんしていた。
わたしはたくさんうなづいた。
でも、えりちゃんがちょっとつぶやいた。
「私、親がしごとでいないから、ずっとさびしいんだ」
わたしもさびしくなった。
わたしだって、親がいないのに。悲しい思いをするならわたしだけでよかったのに。
「わ、わたしだって......」
えりちゃんの前だから、やっと話せたんだ。
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 続きを読もうとして、手が止まった。
 ......数日後、"えりちゃん"は転校していったという。
 クラスメイトと離れてしまうことはよくある話だ。お互いに出会いと別れを経験する中で、いろんな感情を覚えていく。そうして成長していくんだ。
 これから、栞にとってよい転機が巡ってくる。

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20xx年 xx月xx日

バレリーナになりたい! ってわたしは言った。
朝比奈さんは紙にむかって書いている手を止めて、わたしの顔を見つめてきた。
「あら、いいわね」と言ってくれた。
えりちゃんがほめてくれたから、わたしもなりたくて。
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20xx年 xx月xx日

朝比奈さんがバレエの教室へけんがくに連れていってくれることになった。

その話をきいたときは嬉しくてとびはねてしまいそうだった。
楽しくて楽しくて、夜がねむれなかった。
学校のえんそくのときもねむれなかったと思うけど、今日だけはほんとうだった。

朝比奈さんの車に乗って、わくわくしながら前だけを見る。
まだつかないの? とわたしは聞いた。まあだだよと朝比奈さんが答える。
あとどれくらいで着くの? とわたしは聞いた。もう少しだよって朝比奈さんが答える。
もう一回どれくらいと聞こうとしたら、白いたてものが見えてきた。

ここだ!
わたしは急いで車からとびおりると、走っていった。
栞ちゃん、待ちなさいと朝比奈さんが言った。

中にはいると、たくさんの女の子がいた。
大きい子も小さい子も、リズムに合わせて踊るのはほんとうにお人形さんみたい。みんな
おしゃれないしょうを着ていた。
むちゅうになって見ていた。
先生にこっちにきてみようかと言われて、わたしは部屋のまんなかにさそわれた。
みんながわたしのことを見ている。
きんちょうしちゃう。
教えてもらったように、足を上げてうでをのばしていたら、たくさんの拍手をもらった。
「とてもきれいなしせいね」と先生がほめてくれた。

今日はとってもうれしい日だった。
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20xx年 xx月xx日

ついにバレエ教室にかようことができたんだ。

たくさん朝比奈さんにお願いをした。
たくさん朝比奈さんに感謝をつたえた。

そうして行けるようになって、とっても楽しみだった。
教室に入ると、ふたりの女の子が声をかけてくれた。
さきこちゃんとしおちゃんだった。
少しせの高い方がさきこちゃんで、「こないだ見学に来てくれた子よね」と言った。わたしはうなづいて、「覚えててくれたの?」と言った。
さきこちゃんは「きみの踊りを見たかったんだよ」と言っていた。
しおちゃんは彼女のうしろでほほえんでいる。とてもかわいらしかった。

これが、わたしのあたらしい友達。
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 ついに姉と出会った。
 少し心が波打った。この先の出来事にどうつながっていくのだろうか。

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20xx年 xx月xx日

わたしは自分の名前を漢字で書いてみせた。
「"栞"って本の栞のことね。おしゃれじゃない」って言ってくれたのはさきこちゃんだ。
さきこちゃんは"紗希子"って書くのだという。色んな漢字が並んでいてむずかしかったけど、なんだか上品な感じがした。希望みたいなかがきを感じた。
しおちゃんは"詩央"って書くのだという。やさしいふんいきを感じた。

ふたりは幼なじみだという。
うらやましかった。
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20xx年 xx月xx日

今日もまた一人、<ひだまりのいえ>から引き取られていった。
わたしより小さな女の子だった。彼女はわたしに折り紙で作った花をプレゼントしてくれた。
あの子になにかしたっけ、と思った。
ちょっとだけ話し相手になったことくらいしか思いつかなかった。
でも、プレゼントをしてくれたってことは、とくべつな印象があるのかなって、思った。
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20xx年 xx月xx日

学校の授業がつまらないわけじゃない。
一緒に教科書を広げたり給食を食べたりするのは、なんだか<ひだまりのいえ>と同じだけど、なにかちがいを感じてしまう。

廊下を歩いていたら、知らない大人がたくさん集まってきていた。
そうだ、お昼休みが終わったら授業参観だった。
けれども、だれが来るわけではない。
低学年のころだったら、いつもとちがうふんいきにわたしも楽しくまざっていたと思う。そういえばえりちゃんのお母さんも来なかったっけ。

名前の由来をプリントに書いた。
でも発表することはなかった。先生も気をつかってくれたんだと思う。
それがなんだかさびしくなってしまった。

はやく家族になりたかった。
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20xx年 xx月xx日

朝比奈さんが学校はどうなの? って聞いてきた。
わたしは決まって答えに困ってしまう。だから仕方なく、バレエの方が楽しいって答えるんだ。それでもいいのよ、って朝比奈さんは言う。

一週間に一回しかないレッスンでも、待ち遠しかった。
今日はどんなことを教わるのかな。
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