トンネルを抜けると、馴染みのある風景が広がっていた。
 立ち並ぶ住宅たち。どこにでもあるカフェやファミリーレストランたち。
 都心みたいに栄えてはいないけれど、住み心地の良い環境がここにはある。
 その中の手ごろなカフェに入った。
 
 栞が毎日のように書いていたのは知っていた。
 でも、ノートに向かっているときはずっと見ないでと言っていたから、内容を読んだことはなかった。日々の出来事を書いているんだなあくらいしか考えていなかった。
 鼻歌でも歌いそうな喜んだような顔をしていたり、はたまた真剣な雰囲気をしていたり。子どもだというのにさまざまな表情をしながら書いていた。僕もそのひとつひとつをよく覚えている。
 彼女は何を見たのだろう。何を感じたのだろう。
 たくさんのことを教えてほしかった。僕が居ない間にあった出来事を、僕に伝えたいことを。
 そこには、きっと姉のことも書かれているはずだ。

 ・・・

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20xx年 xx月xx日

おしえてくれたひとがいた。

わたしのなまえはしおりっていうんだって。栞ってかくんだって。
"かんじ"ってわからないけどがんばってかいてみた。
なんかいいかたちをしているなっておもった。

まいにちのできごとをたいせつにしてほしいっていっていた。
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 この日記は、こうしてはじまった。
 栞の人生の軌跡を、たどっていこう。

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20xx年 xx月xx日

まぶしかった。
まどからみえるおにわがまぶしかった。

おへやのなかとはちがってふかふかしたゆかだった。
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20xx年 xx月xx日

まどからみえるのはおにわだった。

あのはっぱにてがとどきそうだった。
てをのばしたらとどくかもしれない。でも、どれだけうでをのばしてもとどかない。
じゃんぷしてもとどかなかった。

そしたらころんでしまった。
ひざがいたくてないたら、すぐにやってきてくれたひとがいた。
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20xx年 xx月xx日

わからないことがあるんだ。
あのひとはだれなんだろう。おかあさんだとおもっているのに、そうよぶ子もいたし、そういわない子もいた。でも、おかあさんってひとりだけなんじゃなかったっけ。
なんだかちがうみたい。

ひざにばんそうこうをはってくれたのは。
いたかったねってだきしめてくれたのは。

あさひなさんってよばれていた。
わたしとおんなじだった。
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20xx年 xx月xx日

この子たちといつもいっしょにいるなってきづいた。
小さな子も、大きな子もいる。
みんなでいっしょにあそんだりべんきょうしたりするばしょだっておしえてくれたっけ。
きづいちゃった。
ここはおうちじゃないんだ。
みんなはかぞくじゃないんだ。

わたしはおかあさんってよぶのをやめた。
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20xx年 xx月xx日

きょうはえをかいた。

あさひなさんはおそとにいかなくていいのときいた。
わたしはうんとこたえた。

そとではみんなはしりまわっていた。
たのしそうだとおもうけど、ちょっとふしぎにおもった。
いちばんうしろにいた子がころんでしまった。
みんなに気づいてもらえなかった。
かわいそうだった。

いつもおもうけど、みんなはおともだちなのかな。
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20xx年 xx月xx日

きょうはうるさかった。
ふたりしてえほんをとりあっていたから。
すぐにおとながあつまってきた。

わたしはしずかになるまで、うさぎのぬいぐるみをかかえてた。

おともだちならけんかしないのにな。
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20xx年 xx月xx日

あめがふっていた。
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20xx年 xx月xx日

きょうもあめがふっていた。
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20xx年 xx月xx日

きょうははれた。
でも、なんだかそとにはいきたくなくて、たてものの中をあるいていた。

おねえさんたちはずっといそがしそうにしてた。
あさひなさんがへやから出ていった。

なかをのぞいてみた。
ちいさなおとこの子がいた。
きみのことをみてみた。なまえをおしえてくれた。みつきくんだって。
わたしもしおりだよっていった。

この子がそらをてらしてくれたんじゃないかとおもった。
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 ここで自分の名前が出てきた。
 ちょっと気恥ずかしいけれど、出会った日のことを思い出して少し嬉しくなる。
 そう、栞の方から話しかけてくれたんだった。

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20xx年 xx月xx日

みつきくんはへやのすみっこにいつもいた。
まわりの子たちはだれかといっしょにいるのに、きみだけがなんだかちがっていた。
わたしもとなりにしゃがもうっと。
きみはこっちをみた。わたしはほほえんだ。
なにも言わなくてもたのしかった。なんでかわからないけど、そうしたかったから。

まどの近くはあたたかった。
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20xx年 xx月xx日

木がゆれていた。
朝からかぜがつよい日だった。
おそるおそるまどのそとをながめていた。みつきくんもよこにいる。
なんだかこわかった。

雨がふりそうだねとあさひなさんはいった。そして、なにが見えるのかなときいてきた。
とくになにも見えないけどなあ。
とおもったら、えだのところになにかが止まった。鳥さんだ。
すずめだねとあさひなさんはいった。
ちかくで見たくなったわたしはいそいでにわに出た。

でも、すずめさんはまた空をとんでいた。
おいかけていったら、ころんでしまった。

みつきくんが手をだしてくれた。とてもうれしかった。
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20xx年 xx月xx日

今日はおとなの人がきていた。
おくのへやにいったら、ずっと出てこなかった。
しばらくして、おとなはかえっていった。おとこのこの手をにぎっていた。
いつもいっしょにいた子だ。ずっと前にれつのいちばんうしろでころんだ子。
まわりのみんなは手をふっている。
わたしも手をふった。

それから、あの子はずっといなかった。
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20xx年 xx月xx日

あの子のことをきいてみたら、あたらしいおうちのところに行ったんだとおしえてくれた。
いつしかしおりちゃんの番もくるよって言ってくれた。

わたしはうなづいた。
みつきくんのことを見た。また会えるよってふたりしていった。
ずっとともだちだから。
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 子どもは無邪気だなって実感する。
 施設を出た子同士が再び会う確率なんてとても低い。一生の別れがここにはあるというのに、また会えること、友達でいることを信じて夢見ている。
 
 次に書かれていたことは、お祭りの日の思い出だった。

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20xx年 xx月xx日

とおくからなにかの音がきこえてくる。
あれはなあにとしつもんする子に、お兄さんがおまつりがあるんだと教えていた。
たいこの音だよって言っていた。

なんだか楽しそうだった。

あさひなさんたちが夕方にみんなで行こうかって言うのがきこえた。
でも、わたしは待ちきれなかった。
みつきくんといっしょにおまつりに行く。手をつないでたくさん見た。
いろんな色が光っていて、とてもきれいだった。
どこからでも甘いにおいがしていた。

あれがほしい! とわたしは言った。
みどり色に光るペンダントだった。みつきくんがほかにも見ようよと手をひっぱっても、わたしはうごけなかった。光っているのがとてもきれいだったから。
ぼくが買ってあげるって言ってくれた。
わたしはとてもうれしかった。でも、すぐにこまった顔をしてしまう。おかねがないんだと気づいたから。
わたしも泣いちゃった。

そしたらあさひなさんがやってきた。
かってに出てきちゃだめでしょって言った。でも、ペンダントを買ってくれた。
みんなにはひみつだよって言った。

かえりみち、みつきくんがこんどはぼくがほんものを買ってあげるって言ってくれた。
とてもうれしかった。
これはたからものにしようって決めた。
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 たとえイミテーションであっても、本物とちがわない美しさがある。
 エメラルドのきらめきが、僕たちの運命を作り上げた。
 
 ......僕が引き取られたのは、この日の数日後だった。