「どこにって」
星を見ていたはずの芹沢は、少し蕩けた目をして、小首を傾げながら麻衣に訊いてきた。街灯で顔のほとんどが陰で隠れてしまっているが、色気だけは漂わせている。
本当に、この人は。
無防備なその顔に麻衣はジャケットの襟をつかんで、引き寄せた。
その勢いのまま、ごつんっと鳴らして額をぶつけた。
自分が石頭であるがゆえに、悲しい。
ぐらりと頭を後ろにのけぞらせた芹沢はうめき声を上げながら、夜空を仰ぎ見ていた。
「なんなんですか、さっきから、はっきりしないことばっかりっ」
口火は切られた。
もう、止められない。隠すこともできない。
それでも良い。どうせ相手は酔っ払いだ。どうせ明日には覚えてやしない。
「芹沢さんは酔っている時ばっかり、良いように振舞ってきて。こっちが勘違いしないとでも思っているんですか。その態度を少しは仕事に案分したらどうですか。そしたら、周りだって」
むぎゅっと麻衣の口を押さえてきたのは、芹沢の左手だった。まだまだ言いたいことがあるのに、言葉にならずに口の中で言葉がゴロゴロしている。
頭突きがよほど痛かったのか、眉間に皺を寄せながら目を細めた芹沢が、仕事の時と同じような真面目な顔でまっすぐ麻衣を見ていた。
「あのな、俺はそんなに器用じゃないんだけど」
芹沢の言葉に麻衣は目を瞠った。
言葉の意味を探すために頭がフル回転しているのが分かる。心臓が煩い。喉が急に乾いてきた。
「周りの誰に何を思われても、嬉しくない。……その意味くらい、わかるだろ?」
最後の方は声が小さくなって少し聞き取りにくかったけど、幸か不幸か静かな公園なだけに、はっきりと聞き取れてしまった。
気まずげに視線を一瞬外した芹沢だったが、覚悟を決めたような顔でもう一度麻衣をまっすぐ見た。
「失敗も多いし、他の奴らより怒られることもまだまだあるけど、お前は凹まないだろ。前向きにとらえて、歯を食いしばって、俺についてくる」
一呼吸置いてから、芹沢はゆっくりと麻衣の口元から手を外した。外した手は力なくベンチに落ちた。
いつだって自信しかなさそうな顔ばっかりしていたのに、目の前の芹沢は自信なさげに、俯いていた。
「……俺はそんなお前に惹かれているんだよ。分かれよ、バカ」
こつんと何かが胸の中に落ちてきた。
いつものそっけない言い方なのに、いつもと違うように聞こえた言葉に麻衣は手を伸ばして芹沢をギュッと抱きしめていた。
じわりと視界が歪んでいく。これが涙なのはとっくの昔に知っている。ギュッと目を細めれば、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。その涙を隠すように芹沢の肩に顔をうずめた。
「おーい、泣くなよ。化粧とかで汚れるんだけど」
泣き止ませるためか、優しい手が麻衣の頭に置かれ、ゆっくりと撫でてくれた。
自分だけが想っていただけじゃなかったことがわかった時がこんなに嬉しいもんだって初めて知った気がした。
麻衣よりも大きな手に少しばかり甘やかしてもらってから、喉の奥で嗚咽を殺して、気力で涙を封じた。
「そんで、答えは?」
首を傾げながら、やや上目遣いに訊いてくる芹沢と額を突き合わせた。
もう答えを知っているような顔なのに、意地悪な顔で知らない顔をする。
これも麻衣だけが知っている新しい顔なのかもしれない。
「……私だけだと思ってました、芹沢さんが好きなの」
「そんなわけないだろ」
片頬をあげて笑った芹沢は、右手を麻衣の後頭部に回して引き寄せた。
こんなに甘かったっけ。水しか渡していないのに。
軽い口づけをしたことに気づいたのは、芹沢が麻衣の頭を乱暴に撫でまわした後だった。
「これから、どうするんですか」
「あー、酔いが回ってきた」
「今、ですかっ」
「いつ言おうかずっと緊張してたからな。安心したら、酔いがこうぐるんぐるんと」
「意味が分かりませんっ」
しばらく静かな公園に響き渡るくらいの言い合いをしてから、お互い笑い合い、どちらからともなく手を繋いで公園を後にした。
駅に合ったネットカフェに入ると、タイミングが良かったとばかりに二人席用が一つだけ空いていた。まるで芹沢の告白が実るのを待っていたかのようだ。
「なぁ、麻衣って呼んでも良い?」
二人とも正反対の趣味の漫画を肩で並べて読んでいると、芹沢が言ってきた。その言い方は距離をまだ測りかねているようだった。
「……私も凌太さんが良いです」
「じゃあ、そういうことで」
するりと芹沢が麻衣の手を握ってきて、優しく微笑んだ。麻衣もつられて口元を緩めた。
マンガを読んだり、映画を見たりしているうちに、いつの間にか互いの手を握ったまま眠りに落ちた。
了
星を見ていたはずの芹沢は、少し蕩けた目をして、小首を傾げながら麻衣に訊いてきた。街灯で顔のほとんどが陰で隠れてしまっているが、色気だけは漂わせている。
本当に、この人は。
無防備なその顔に麻衣はジャケットの襟をつかんで、引き寄せた。
その勢いのまま、ごつんっと鳴らして額をぶつけた。
自分が石頭であるがゆえに、悲しい。
ぐらりと頭を後ろにのけぞらせた芹沢はうめき声を上げながら、夜空を仰ぎ見ていた。
「なんなんですか、さっきから、はっきりしないことばっかりっ」
口火は切られた。
もう、止められない。隠すこともできない。
それでも良い。どうせ相手は酔っ払いだ。どうせ明日には覚えてやしない。
「芹沢さんは酔っている時ばっかり、良いように振舞ってきて。こっちが勘違いしないとでも思っているんですか。その態度を少しは仕事に案分したらどうですか。そしたら、周りだって」
むぎゅっと麻衣の口を押さえてきたのは、芹沢の左手だった。まだまだ言いたいことがあるのに、言葉にならずに口の中で言葉がゴロゴロしている。
頭突きがよほど痛かったのか、眉間に皺を寄せながら目を細めた芹沢が、仕事の時と同じような真面目な顔でまっすぐ麻衣を見ていた。
「あのな、俺はそんなに器用じゃないんだけど」
芹沢の言葉に麻衣は目を瞠った。
言葉の意味を探すために頭がフル回転しているのが分かる。心臓が煩い。喉が急に乾いてきた。
「周りの誰に何を思われても、嬉しくない。……その意味くらい、わかるだろ?」
最後の方は声が小さくなって少し聞き取りにくかったけど、幸か不幸か静かな公園なだけに、はっきりと聞き取れてしまった。
気まずげに視線を一瞬外した芹沢だったが、覚悟を決めたような顔でもう一度麻衣をまっすぐ見た。
「失敗も多いし、他の奴らより怒られることもまだまだあるけど、お前は凹まないだろ。前向きにとらえて、歯を食いしばって、俺についてくる」
一呼吸置いてから、芹沢はゆっくりと麻衣の口元から手を外した。外した手は力なくベンチに落ちた。
いつだって自信しかなさそうな顔ばっかりしていたのに、目の前の芹沢は自信なさげに、俯いていた。
「……俺はそんなお前に惹かれているんだよ。分かれよ、バカ」
こつんと何かが胸の中に落ちてきた。
いつものそっけない言い方なのに、いつもと違うように聞こえた言葉に麻衣は手を伸ばして芹沢をギュッと抱きしめていた。
じわりと視界が歪んでいく。これが涙なのはとっくの昔に知っている。ギュッと目を細めれば、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。その涙を隠すように芹沢の肩に顔をうずめた。
「おーい、泣くなよ。化粧とかで汚れるんだけど」
泣き止ませるためか、優しい手が麻衣の頭に置かれ、ゆっくりと撫でてくれた。
自分だけが想っていただけじゃなかったことがわかった時がこんなに嬉しいもんだって初めて知った気がした。
麻衣よりも大きな手に少しばかり甘やかしてもらってから、喉の奥で嗚咽を殺して、気力で涙を封じた。
「そんで、答えは?」
首を傾げながら、やや上目遣いに訊いてくる芹沢と額を突き合わせた。
もう答えを知っているような顔なのに、意地悪な顔で知らない顔をする。
これも麻衣だけが知っている新しい顔なのかもしれない。
「……私だけだと思ってました、芹沢さんが好きなの」
「そんなわけないだろ」
片頬をあげて笑った芹沢は、右手を麻衣の後頭部に回して引き寄せた。
こんなに甘かったっけ。水しか渡していないのに。
軽い口づけをしたことに気づいたのは、芹沢が麻衣の頭を乱暴に撫でまわした後だった。
「これから、どうするんですか」
「あー、酔いが回ってきた」
「今、ですかっ」
「いつ言おうかずっと緊張してたからな。安心したら、酔いがこうぐるんぐるんと」
「意味が分かりませんっ」
しばらく静かな公園に響き渡るくらいの言い合いをしてから、お互い笑い合い、どちらからともなく手を繋いで公園を後にした。
駅に合ったネットカフェに入ると、タイミングが良かったとばかりに二人席用が一つだけ空いていた。まるで芹沢の告白が実るのを待っていたかのようだ。
「なぁ、麻衣って呼んでも良い?」
二人とも正反対の趣味の漫画を肩で並べて読んでいると、芹沢が言ってきた。その言い方は距離をまだ測りかねているようだった。
「……私も凌太さんが良いです」
「じゃあ、そういうことで」
するりと芹沢が麻衣の手を握ってきて、優しく微笑んだ。麻衣もつられて口元を緩めた。
マンガを読んだり、映画を見たりしているうちに、いつの間にか互いの手を握ったまま眠りに落ちた。
了


