目算一七五センチ。男性にしてはやや長めのまつ毛に、切れ長の目、鼻梁も少し高め。

 平均よりも少し高い身長に、整っている方だと麻衣が感じる程度の顔立ち。

 それだけならば、麻衣以外の女性社員たちも芹沢の席の隣を狙いそうなものだが、残念ながら毎度男性社員がその場所を埋める。

 理由は簡単で、とっつきにくい、から。

 仕事はできるし、指導も的確。だけど、突き放したような言い方とクールな表情でモテ度というのが上がる気配は、今のところない(麻衣調査)。

 表情が柔らかくなるとしたら、飲み会後のこの時くらいで、それを知っているのは、こういう時に同じ路線を使っている麻衣くらいだった。

 それでも、最初は麻衣も芹沢に苦手意識を抱いていた。新入社員で配属された最初の先輩だからか、指導を受けることが一番多かった。

「なんでメモ取らないの? 絶対忘れないって言いきれるの?」
「ここの指摘、さっきもしたけど、わからなかった?」
「あんまり学生の気分でいられても困るんだけど」

 でも、だって。
 言い訳めいた言葉をことごとく正論で鋭く研がれた剣で切り捨てていく芹沢の言葉に凹まない日は無かった。
 失敗をすれば、何故失敗したかを徹底的に分析されるし、手を抜けばすぐにバレる。気を抜く暇もなく仕事をし続けた。

 この仕事、向いてなかったのかな。そんなことを考えることもあった。

 だけど、麻衣の凹んだ気持ちを払拭する出来事があった。

 初めて参加したプロジェクトの打ち上げの時、周りが麻衣の失敗をあげつらうこともあった。麻衣自身も数多くの失敗に自覚があるので、ヘラヘラしてその場をやり過ごしていたが、居酒屋のテーブルに何かが強く打ちつけられた。誰もが音の主を探すと、見たことが無いほど目つきを悪くした芹沢が、あげつらっていたメンバーをじろりと睨んでいた。

「人の失敗を笑うとか無いんじゃないんですか?」

 地を這うような低い声に、あげつらっていた人たちは一斉に首を横に振り、麻衣に謝った。
 場の空気が凍ったままの中、芹沢は気にする素振りすらなく、出てきた酒を黙々と飲んでいた。居心地の悪さは麻衣も感じ、麻衣もそこまで言わなくても、と思いながらちびちびとビールを飲むしかなかった。

 最後まで雰囲気が変わることなく、店の前であっさりと解散になった。
 一人で飲んでいたせいなのか、少しふらついた足取りで歩く芹沢の隣で、麻衣は芹沢になんて話をかければ良いかわからずにいた。

 つま先を見ながら歩いていると、芹沢から声をかけられた。ぱっと顔を上げると、やけにまじめな顔で麻衣をじっと見ていた。

「……小野寺は強いな」
「はい?」
「あれだけ失敗もしたし、凹んでいるように見えてたけど、いつも前向いて仕事してるよな」

 褒められている? 

 芹沢が口にしてこなかった誉め言葉に麻衣は面食らった。

 酔っている状態で言われても。

 麻衣は俯いて、少しだけ口先を尖らせた。

「どうも」

 突いて出た言葉はそっけないように聞こえたかな。

 相手だって酔っているし、気にしないかもしれない。
目線を合わせるのが怖くて、麻衣はパンプスの先をじっと見ていた。

「拗ねんなよ。そう言うところ、お前らしくて俺は好きだけどな」

 独り言のようにつぶやかれた言葉に麻衣は、すぐさま顔を上げて芹沢を見た。誰に聞かせるわけでもない言葉だったのかもしれない。
 そっぽを向いたままスマホを取り出した芹沢は乗換案内を検索していた。麻衣が何と言えばわからずにいると、芹沢は目当ての電車が見つかったのか、緩んだ表情でスマホを見せてきた。

「終電までには間に合いそうだな」

 少しだけ寂しそうだったな、と見えたのはかなり希望が入った自分の見方だと麻衣が気づいたのは、改札口で別れてしばらくしてからだった。