二キロを超えて、歩くスピードは安定してきていた。笠木くんはウォーキングに慣れていない私に歩くスピードをあわせてくれている。本当はもう少し速く歩けるけれど、「この時間が終わって欲しくない」という感情が強くなってスピードを上げることは出来なかった。
「長谷川さんに問題です」
突然の笠木くんの声。振り向く間もなく問題が始まっていく。
「三キロ地点のご褒美である俺が持っている飴は何味でしょう?」
「いちごじゃないの?」
「いちご味の飴はなかったんだよね。というか大袋の飴から何個か持ってきているから、いちごはもう食べ切ってた」
「やっぱりいちご大好きじゃん!」
私のツッコミに笠木くんが「あはは、バレた」と軽く笑っている。ダメだ、もうその光景を見るだけで喉がギュッと締まるような感覚がしてしまう。恋なんて案外簡単に落ちるもので、好きになる瞬間なんて一瞬なのかもしれない。好きになった瞬間がこの深夜のいつだったかなんて分からない。それでも心はいつの間にか惹かれていて、それから歩いている内に好きの結晶が降り積もっていくようだった。
「で、何味だと思う?」
「えー、ぶどう?」
「ハズレ」
「じゃあ、みかん」
「それも違う」
「変化球でサイダー!」
「ふはっ、サイダーって変化球なんだ。でも、ハズレ」
笠木くんがバッグから飴を二粒取り出す。赤色のパッケージが目に入って、私ははいっ!と手を挙げた。
「りんご!」
「もう正解見ているじゃん。後出しは駄目。じゃあ、長谷川さんが罰ゲームね」
「罰ゲームあるの!?」
「うん、今作った」
私が「今作るのはズルじゃん!」とか「そんなの聞いてないー!」と反抗していると、笠木くんは何故か前方を指差した。笠木くんの指につられるように私の視線は前方に移っていく。
「罰ゲームはこれ」
笠木くんが指差したのは、今から渡ろうとしている橋の看板だった。
「この橋って何かあるの?」
「ううん、橋じゃなくてこの川。一緒に水切りしてよ」
「水切り!? したことないよ!?」
「まじ? どんな学生時代を過ごしてたの? ああ、美術部は水切りしないのか」
「なんでいま全国の美術部を敵に回したの!?」
笠木くんはもう川辺に降りていて、平べったい水切りに適した石を探している。深夜で見えにくいはずなのに、スマホのライトで照らしながら笠木くんは二つの石をすぐに見つけた。
「一回勝負ね、こっちは長谷川さんの石」
石を手渡されて私はつい受け取ってしまったが、水切りの仕方すら知らない。私がそのまま投げようとすると、笠木くんに止められた。
「俺が先に投げるから見てて」
そう言って笠木くんはすぐに投げると思ったので、投げる前に投げ方やフォームを教えてからシュッと石を川に向かって投げた。
ポチャン、と水に石が沈んだ音だけが響く。
「今、跳ねてた?」
「いや、一回も跳ねてないよ」
「笠木くんも下手じゃん!」
「だから初めての長谷川さんと勝負しがいがあるんでしょ」
思えば罰ゲームで水切り勝負って意味が分からない。でもなんか楽しくて、これ以上頭なんて働かなくても良いやと思ってしまう。
水切りをしたことはないけれど、少なくとももう負けることはない。勝てるか引き分けだ。私は力んで投げたが、それが余計に駄目だったのかポチャンと先ほどの笠木くんの時と同じ音が響いた。
「0回と0回で引き分けだな」
「低レベルの争いすぎるって……」
「でも長谷川さんも水切り楽しかったでしょ?」
ここで自然に長谷川さん「も」と言える笠木くんにまた喉が苦しくなるような感覚がした。ずるい、本当にずるい。この時間が楽しいのは私も笠木くんも一緒。それなのに余計な感情が芽生えてきているのは私だけだと思うと心がズンと沈みそうになった。
水切りを終えて渡った橋は思ったよりも長くて、橋を渡り終わったところで三キロが過ぎていた。
「はい、ご褒美の飴」
「ありがとう」
封を破って、飴を口に放り込む。少しだけ表面が溶けてしまっているりんご飴の甘さが口に広がって、この飴が食べ終わってしまうことすら惜しいと思ってしまう。なんで三キロのご褒美をジュースとかアイスにしなかったんだろう。飴だったら食べながら歩けてしまう。また進んでしまう。
「最後の一キロまで来たね、長谷川さん」
四キロってなんて短いのだろう。
「長谷川さんに問題です」
突然の笠木くんの声。振り向く間もなく問題が始まっていく。
「三キロ地点のご褒美である俺が持っている飴は何味でしょう?」
「いちごじゃないの?」
「いちご味の飴はなかったんだよね。というか大袋の飴から何個か持ってきているから、いちごはもう食べ切ってた」
「やっぱりいちご大好きじゃん!」
私のツッコミに笠木くんが「あはは、バレた」と軽く笑っている。ダメだ、もうその光景を見るだけで喉がギュッと締まるような感覚がしてしまう。恋なんて案外簡単に落ちるもので、好きになる瞬間なんて一瞬なのかもしれない。好きになった瞬間がこの深夜のいつだったかなんて分からない。それでも心はいつの間にか惹かれていて、それから歩いている内に好きの結晶が降り積もっていくようだった。
「で、何味だと思う?」
「えー、ぶどう?」
「ハズレ」
「じゃあ、みかん」
「それも違う」
「変化球でサイダー!」
「ふはっ、サイダーって変化球なんだ。でも、ハズレ」
笠木くんがバッグから飴を二粒取り出す。赤色のパッケージが目に入って、私ははいっ!と手を挙げた。
「りんご!」
「もう正解見ているじゃん。後出しは駄目。じゃあ、長谷川さんが罰ゲームね」
「罰ゲームあるの!?」
「うん、今作った」
私が「今作るのはズルじゃん!」とか「そんなの聞いてないー!」と反抗していると、笠木くんは何故か前方を指差した。笠木くんの指につられるように私の視線は前方に移っていく。
「罰ゲームはこれ」
笠木くんが指差したのは、今から渡ろうとしている橋の看板だった。
「この橋って何かあるの?」
「ううん、橋じゃなくてこの川。一緒に水切りしてよ」
「水切り!? したことないよ!?」
「まじ? どんな学生時代を過ごしてたの? ああ、美術部は水切りしないのか」
「なんでいま全国の美術部を敵に回したの!?」
笠木くんはもう川辺に降りていて、平べったい水切りに適した石を探している。深夜で見えにくいはずなのに、スマホのライトで照らしながら笠木くんは二つの石をすぐに見つけた。
「一回勝負ね、こっちは長谷川さんの石」
石を手渡されて私はつい受け取ってしまったが、水切りの仕方すら知らない。私がそのまま投げようとすると、笠木くんに止められた。
「俺が先に投げるから見てて」
そう言って笠木くんはすぐに投げると思ったので、投げる前に投げ方やフォームを教えてからシュッと石を川に向かって投げた。
ポチャン、と水に石が沈んだ音だけが響く。
「今、跳ねてた?」
「いや、一回も跳ねてないよ」
「笠木くんも下手じゃん!」
「だから初めての長谷川さんと勝負しがいがあるんでしょ」
思えば罰ゲームで水切り勝負って意味が分からない。でもなんか楽しくて、これ以上頭なんて働かなくても良いやと思ってしまう。
水切りをしたことはないけれど、少なくとももう負けることはない。勝てるか引き分けだ。私は力んで投げたが、それが余計に駄目だったのかポチャンと先ほどの笠木くんの時と同じ音が響いた。
「0回と0回で引き分けだな」
「低レベルの争いすぎるって……」
「でも長谷川さんも水切り楽しかったでしょ?」
ここで自然に長谷川さん「も」と言える笠木くんにまた喉が苦しくなるような感覚がした。ずるい、本当にずるい。この時間が楽しいのは私も笠木くんも一緒。それなのに余計な感情が芽生えてきているのは私だけだと思うと心がズンと沈みそうになった。
水切りを終えて渡った橋は思ったよりも長くて、橋を渡り終わったところで三キロが過ぎていた。
「はい、ご褒美の飴」
「ありがとう」
封を破って、飴を口に放り込む。少しだけ表面が溶けてしまっているりんご飴の甘さが口に広がって、この飴が食べ終わってしまうことすら惜しいと思ってしまう。なんで三キロのご褒美をジュースとかアイスにしなかったんだろう。飴だったら食べながら歩けてしまう。また進んでしまう。
「最後の一キロまで来たね、長谷川さん」
四キロってなんて短いのだろう。



