「ここ、どこ……?」

 見覚えのない駅。重い身体に、少しだけ気持ち悪いこの感覚。
 その感覚で自分が酔い潰れて記憶を無くしたことに気づいた。ポケットに入っていたスマホで時間を調べようとすると、マップアプリで「近くの駅」と検索している。
 段々と記憶が(よみがえ)ってくる。今日は夜にサークルの飲み会があって、友達と映画を見に行った帰りにそのまま居酒屋に向かったんだった。映画館までは友達が車で送ってくれたが、その友達のサークルは別。映画館で別れたから帰りは電車で良いやと軽く考えていたのだろう。

「で、そのまま酔い潰れて、何とかこの駅までは来たけど椅子で寝てしまったと」

 はぁ、自分が馬鹿すぎる。終電はもう過ぎているし、無人駅で他に誰もいない。

「タクシー呼ぶしかないよね……」

 財布の残金を確認しようと、視線も向けずに椅子に置いてあるバッグを手探りで探る。しかし、バッグではなく何かもふもふとしたものが手に当たった。咄嗟(とっさ)に手を引っ込めながら、顔を向ける。

「ギャッ!」

 一応女子大生なのだが、二十代女性とは思えないほどおっさんみたいな声が出てしまう。でも、それも仕方ないと思う。だってもふもふとした手触りの先に視線を向けたら、そこには同じサークルの笠木(かさき)くんが寝転がっていた。もふもふとした手触りは笠木くんの髪だったようで。
 私もまだ起きたばかりで隣の椅子にまで意識が入っていなかったらしい。それに笠木くんは椅子に寝転んでいたので見えにくかったのだと思う。それでも人に気づかないなんて私も寝ぼけすぎだと思うけれど。

「ん……長谷川さん?」

 私のおっさんみたいな「ギャッ!」で笠木くんは起きたらしい。ゆっくりと目をこすりながら起き上がる笠木くんもどう見てもお酒を飲んだ後だった。この状況が理解出来ず、怖くなってきてしまう。

「笠木くん、何でいるの……?」

 そう聞く私は、もはやホラー映画の登場人物のように怯えていた。

「え、長谷川さんを居酒屋から送ってきて……」

 笠木くんはやっと頭が冴えてきたようだった。それに釣られるように私の頭も記憶を呼び起こしてくれる。

「送ってきてそのまま寝たっぽい。ごめん」

 笠木くんの寝落ちを私が非難出来るはずがなかった。だって私も寝てしまったのだから。

「全然。私こそ寝ちゃってたし」

 というか、サークルの飲み会はそんなに遅くまであったわけじゃないのに現在深夜二時。我ながら寝過ぎだと思う。

「笠木くんはどうする? 私は今からタクシー呼ぶけど、笠木くんも一緒に呼ぶ?」
「んー、俺はここから家近いし歩くわ」
「そうなの?」
「うん、五キロくらい」
「え!? 近くないじゃん!」

 私はつい驚いて、タクシーを呼ぼうとしていたスマホ画面から顔を一気に笠木くんに向けてしまう。

「一時間くらいで歩けるよ?」

 笠木くんは私が何で驚いているのか分からないとでもいうようにキョトンとした顔をしている。その反応で私は察した。

「笠木くん、絶対運動部だったでしょ!」
「急に何? 高校はサッカー部だったけど」
「絶対そうだと思った! 五キロは長過ぎるもん!」

 私のツッコミに笠木くんは「ははっ」と吹き出して、「そういう長谷川さんは文化部なの?」と聞き返す。

「中学も高校も美術部。運動とは無縁の人生」
「ふはっ、長谷川さん面白過ぎる。でも、運動しないのは健康に悪いよ?」
「それはそうだけれど……」

 すると急に笠木くんが立ち上がって、「よし、決めた!」と大きめの声を上げた。

「長谷川さんも一緒に歩こ! 家の方向も同じっぽいし。長谷川さんの家まで何キロ?」
「え、絶対嫌だ! 歩きたくない!」
「適度な運動は健康に良いんだから」
「四キロは私にとって適度じゃないって!」
「長谷川さんの家まで四キロね。じゃあ、一緒に歩くかー」

 笠木くんは私の抵抗を無視して、準備運動を始めている。

「私、絶対四キロも歩けないよ!」
「もし日が明けても家に着かなかったら、その時は電車で帰れば良いじゃん」
「本気で言っている?」
「ウォーキングもたまには悪くないって。それに俺ら寝過ぎで酒も抜けてきてるし」
「うっ……」

 私が何とか言い訳をして運動をしないように方向転換しようとしても、すぐにギュインと道を戻されてしまう感覚だった。もう諦めるしかないと私の思考が告げている。

「本当に歩くの……? せめて一キロごとに休憩して良い?」
「あはは、良いよ。時間は山ほどあるんだし。それに俺の金欠でタクシー呼べないのに付き合わせてるんだから」
「そっちが本当の理由……!?」
「そこまで金欠じゃないけれど、この距離くらいだったらいつも歩くって決めてんの」
「運動部すぎる……」
「健康志向って言って下さいー」

 笠木くんとたまに話したことはあったが、二人ともお酒の後ということもあっていつもより気軽に話せている気がした。無人駅のホームは電気も少なくて、割と暗め。本当だったら怖くて仕方ないはずなのに、笠木くんと話していると怖さは微塵(みじん)も感じなかった。

「じゃあ、行きますか。長谷川さん」

 無駄に部活のコーチのような言葉を吐いた笠木くんが歩き始めたので、私は覚悟を決めて追いかけた。不思議な深夜のウォーキングが起こるなんて、今日の昼間は予想もしていなかったのに。