翌々日、新当主となった異母妹の「さようなら」の一声で、渚子は着の身着のまま高階家から勘当された。山笑う曇り空の下、重厚な門扉が、渚子の眼前で無情に閉ざされる。
僅かな私物とお情けのように渡された路銀をまとめた風呂敷包みを掻き抱き、渚子はしばし、閉め出された大門を眺めた。しかしどれほど経とうと再び開門されるはずもなく、のそりと踵を返し、長年暮らした邸を離れる。
足許に視線を落としたまま、とぼとぼと大通りを当てどなく彷徨う。これほど多くの人々が行き交うのに、憂い顔の渚子を誰も気にも留めない。
(……これからどうしましょう)
白い髪を隠すように被いた頭巾からこぼれたひと房を指でしまいながら、ぼんやりと渚子は身の振り方を考える。
何しろ長いことあの邸に閉じ込められていて、その暮らしがずっと続くと思っていたから、いきなり追い出されても途方に暮れてしまう。
これからどうしよう。どこに行けばいい? そう自問する渚子の脳裏に、ある顔が思い出され、ふと足を止めた。
三年ほど前、一度だけ渚子の離れを訪れた者。
長い幽閉生活の中、彼は初めての客だった。邸外の話を聞かせてくれて、渚子の話を聞いてくれた。その話題のひとつであった彼の郷里のこと。帝都からはそれなりに遠い山。
けれど。
(行ってみようか。……行ってみたい)
ぎゅっと包みを抱え直し、渚子は心を決めた。継ぎ接ぎの小袖を纏うみすぼらしさは変わらないけれど、顔を上げ、再び歩き始めた足運びに、もう迷いはなかった。
大通りを離れると、だんだん往来の人影はまばらになる。郊外の住宅地を縫うように歩き続ける渚子の華奢な背を、不意に呼び止める声があった。
「――――渚子」
穏やかによく通るその響きは、三年前にも聞いたもの。
弾かれたように振り返った渚子の視線の先に佇んでいたのは、近頃では珍しくなった僧服に身を包んだ長身の美丈夫と、それに付き従う狼の如き体躯の白犬。笠の下から覗く切れ長の双眸は、変わらず優しい光を宿している。
三年ぶりの再会に、驚きながらも渚子は花が綻ぶような微笑みを返した。
「もう一度お会いしたいと思っていました、哉宵様」
僅かな私物とお情けのように渡された路銀をまとめた風呂敷包みを掻き抱き、渚子はしばし、閉め出された大門を眺めた。しかしどれほど経とうと再び開門されるはずもなく、のそりと踵を返し、長年暮らした邸を離れる。
足許に視線を落としたまま、とぼとぼと大通りを当てどなく彷徨う。これほど多くの人々が行き交うのに、憂い顔の渚子を誰も気にも留めない。
(……これからどうしましょう)
白い髪を隠すように被いた頭巾からこぼれたひと房を指でしまいながら、ぼんやりと渚子は身の振り方を考える。
何しろ長いことあの邸に閉じ込められていて、その暮らしがずっと続くと思っていたから、いきなり追い出されても途方に暮れてしまう。
これからどうしよう。どこに行けばいい? そう自問する渚子の脳裏に、ある顔が思い出され、ふと足を止めた。
三年ほど前、一度だけ渚子の離れを訪れた者。
長い幽閉生活の中、彼は初めての客だった。邸外の話を聞かせてくれて、渚子の話を聞いてくれた。その話題のひとつであった彼の郷里のこと。帝都からはそれなりに遠い山。
けれど。
(行ってみようか。……行ってみたい)
ぎゅっと包みを抱え直し、渚子は心を決めた。継ぎ接ぎの小袖を纏うみすぼらしさは変わらないけれど、顔を上げ、再び歩き始めた足運びに、もう迷いはなかった。
大通りを離れると、だんだん往来の人影はまばらになる。郊外の住宅地を縫うように歩き続ける渚子の華奢な背を、不意に呼び止める声があった。
「――――渚子」
穏やかによく通るその響きは、三年前にも聞いたもの。
弾かれたように振り返った渚子の視線の先に佇んでいたのは、近頃では珍しくなった僧服に身を包んだ長身の美丈夫と、それに付き従う狼の如き体躯の白犬。笠の下から覗く切れ長の双眸は、変わらず優しい光を宿している。
三年ぶりの再会に、驚きながらも渚子は花が綻ぶような微笑みを返した。
「もう一度お会いしたいと思っていました、哉宵様」



