その日の午後は急に雨が降り出した。
 ポツポツという効果音より、ザーザーという効果音の方が似合うほどの雨。
 そんな雨が降りしきる中、私は「傘」が落ちているのを見つけた。折り畳み傘じゃなくて普通の傘である。

 さて、では雨が降っている日に……もっと言えば「傘を忘れて走って帰っている最中に」傘の落とし物があったとしたらどうするだろう。
 そりゃあ傘は欲しいが、ここから交番は数メートル先。雨宿りがてら交番に届けるほうが比べるまでもなく良い行動だし、気持ちよく帰れる。しかもこの傘、凄く絵柄が綺麗で傷もない。持ち主が大事に使っていたのだろう。

 傘を手に取って数秒……後ろから同い年くらいの女の子に声をかけられた。

「あ……私の傘……」

 いくら交番に届けるとつもりとはいえ、交番に届ける前に他人の傘を持っている所を見られれば慌てることもあるだろう。そうつまり、私はそれはまぁ……ダサく慌てた。

「あ……ちがっ。交番に届けようと思って! 決して盗んだわけじゃ!」

 私よ、それは盗んだやつのセリフです。しかし女の子はくすくすと笑った。

「ふふっ、交番の前だから分かっていますよ。とりあえずその傘差しませんか? 濡れてしまいますよ」

 女の子は私から傘を受け取り、開いた後に私にもう一度傘を差し出した。女の子は何故かもう一本傘を持っているようで、私に話しかけた瞬間から傘を差している。
 そんな私が抱いた疑問を女の子は感じ取ったようだった。私が手にしている傘を指差す。

「そっちの傘は、妹の傘なんです。もっと言えば亡くなった妹のお気に入りの傘で、墓参りの時はいつも持って行ってあげていて。それで帰り道の時に急に雨が降り出して……でも……」

 女の子が少しだけ悲しそうに俯いた。

「何故か妹の傘を使うことは出来なくて、家まで走って帰ってから妹の傘を途中で落としていたことに気づいたんです」

 私はそんな大事な傘をいま差してもらっている。
 しかし、女の子は何故か嬉しそうに私に笑いかけた。



「貴方が濡れているのを見て、すぐに傘を差し出せてよかったです。妹に自慢できる姉でいられるような気がします」




 女の子が笑えば、空もそれに釣られるように晴れ出して。




「妹の傘はこんなに可愛い柄だったんですね。やっと開くことが出来た。開いてみたらこんなに簡単に開くのに」




 女の子は何故か私に頭を下げて、「ありがとうございます」と言う。

 もう雨は降っていない。だから私は傘を閉じて、女の子に渡す。


「また雨が降った時に使って下さい。私が言うことではないけれど、傘は雨が降った時に使うものですよ!」


 これは私が雨も悪くないなと思った日の話。



fin.