港の空は、梅雨の切れ間のように晴れていた。どこか現実味の薄い青さだった。けれど、奏太にはわかっていた。あの島の虹の柱は、夢でも幻でもなかった。
 「みんな、ほんとに、ここでお別れ……か」
 陽斗がデイバッグを背負いながら、手持ち無沙汰に空を見上げた。
 「でも、“お別れ”って言い切らなくてよくない?」
 千紘が笑った。
 「次の論文発表のとき、また集まればいいじゃん。ライランの国とか。あ、今度は北極圏がいいな。クジラが見たい!」
 「じゃあ私は……どこか森の奥がいい」
 マリアが手帳に何かを書きながら言った。
 「ネットの届かない場所。地図にない村。そこに図書館を建てるとか……いいでしょ?」
 「やれやれ、また図書館か。俺は今度こそ、エアコンの効いた場所がいい」
 宗一郎がわざとらしく肩をすくめると、笑いが起こった。
 「皆で集まるのは、研究目的ですからね」
 健司がきっぱりと言いながらも、口元はほころんでいた。
 「……研究と、感情は、両立できる」
 沙也加がぽつりと付け加えた。彼女らしい、論理に裏打ちされた感情の言葉だった。
 「そろそろ……行くね」
 にこがスーツケースを引きながら歩き出す。誰も止めなかった。別れは自然に訪れるものだ。奏太も、彼女の後ろ姿に手を振るだけだった。
 「また、会おうね」
 その言葉は、返事を待たない。それでも、誰もが胸の中で“うん”と応えていた。
 解散場所を後にして、奏太はゆっくりと歩き出す。
 鞄の中には、何も持ち帰っていない。父の研究データも、島の映像も、何ひとつ物的証拠にはならなかった。
 それでも、不思議と心は軽かった。
 自分たちが過ごした日々は、すでに“証拠”だった。誰の嘘も混ざっていない、正直な記憶。
 共鳴し合った日々。ぶつかって、傷ついて、それでもつながった信頼。
 それが、未来へ進むための羅針盤になる。
 遠ざかる背中。近づく街の喧騒。
 日常へと溶け込んでいく彼らの姿は、かつての“孤島”とは対極の世界だった。
 それでも、あの島がくれたのは、孤独ではない。
 共鳴の未来――それを、全員が信じていた。