水平線の向こうで、空と海の境目がにじむように揺れていた。
 それはやがて、一条の虹となって天に昇り、かつて島があった場所を指し示していた。
 玻璃の孤島は、完全に姿を消していた。
 「見て……」
 にこが呟いた声に、誰もが自然と振り返る。
 船上には、全員がいた。
 傷を負った者も、疲労で立てない者も、それぞれの支えで、ただ静かにその光景を見つめていた。

 「まるで、島が……ありがとうって言ってるみたいだな」
 陽斗の言葉に、千紘が涙ぐみながら笑った。
 「うん……本当に、きれい……」
 風が吹く。
 潮の香りと共に、虹の光が彼らの肌を優しく撫でていった。

 「……あの島、最後まで名前はなかったのに」
 沙也加がぼそりと呟く。
 「もしかしたら、名前なんていらなかったのかもな」
 健司が応じると、皆が黙って頷いた。

 「奏太」
 にこが、隣に立つ奏太を見上げる。
 彼は虹を見つめたまま、微動だにしなかった。
 「お父さんの研究……あれでもう、完全に……?」
 少しの間、沈黙が流れる。
 そして奏太は、ゆっくりと、静かに首を縦に振った。
 「うん。でも……これでよかったんだと思う」

 「俺が信じたかったのは、研究成果じゃない。父さんの信念だ。
  “後悔をただの痛みにしないために、向き合う力を持て”って。……それを俺たち、やったんだよな」
 小さな笑みが、奏太の唇に浮かんだ。
 その笑みに、にこがほっと安堵の息を吐く。
 「うん、私も……やっと、嘘をつかないって決めた自分を、好きになれそう」
 「それ、無難じゃないな」
 「うるさい」
 二人のやりとりに、宗一郎が「いい雰囲気だなー」と茶化してきて、皆が一斉に笑い出す。
 緊張が、心の芯から溶けていく。

 ライランは、船縁から最後の虹の輝きを見送っていた。
 「契約じゃなく、信頼で……最後まで、共に帰れてよかった」
 隣にはマリアが立っていた。
 「一人でやれることなんて、たかが知れてる。……だから、次も一緒よ」
 彼女の声に、ライランは静かに頷いた。

 全員が、それぞれの傷と向き合いながら、確かな一歩を踏み出し始めていた。
 誠は、救命筏の端で工具を片づけながら呟く。
 「人の役に立ちたいって、ずっと思ってた。ようやく……それができた気がするよ」
 絢香がそれを見て、「嘘つき」と笑いながら肩をすくめる。
 「泣きながら作業してたの、見てたんだから」
 「……それは言うなって」

 虹の柱が、ふっと風に溶けるように薄れていく。
 もはや、あの島が実在した証は――誰の記録にも残らない。
 でも。
 「大丈夫。私たちは、覚えてる」
 千紘のその言葉を皮切りに、誰もが顔を上げた。
 記録ではなく、記憶に刻まれた旅。
 玻璃の孤島――後悔が共鳴し、希望に変わった場所。
 その痕跡は、彼らの胸の奥で確かに光っていた。