マリアが海面に浮かび、ライランを支えながら船に向かって手を振る。
 「ライラン、こっちだ! しっかり掴まれ!」
 陽斗が救命筏から手を伸ばし、彼を引き上げる。もう片方では健司が全力でマリアを受け止めていた。波間から顔を出した二人の姿を見た瞬間、全員の胸から重い緊張が溶け出していくようだった。

 「間に合った……!」
 にこが思わず声を漏らすと、隣の奏太も大きく息をついた。
 「……ほんとうに、無茶をしてくれる」
 怒り混じりの声に、マリアがくしゃりと笑った。
 「一人で行くなんて……格好悪いでしょ?」

 ライランは横になったまま、海水を滴らせた手で額を拭い、ぽつりと呟く。
 「……ありがとう、マリア。君じゃなければ、僕は……」
 「今さら“ありがとう”なんて言うなって」
 彼女は彼の肩を軽く小突いた。まるで何事もなかったように。

 そのやり取りを見ていた千紘が、目元を押さえながら口を開いた。
 「よかった、本当によかった……! ライランも、マリアも、もう一人じゃないんだよ……」

 《孤独》。
 それはこの島の根幹を支えるエネルギーの一つだった。
 マリアが、幼いころから築き上げてきた“誰にも頼らずに生きる術”が、知らぬうちに島の“核”の一部と同調していた。

 「でも……これで、私はようやく、そこから抜け出せる気がする」
 マリアが、海に向かってぽつりと言った。
 「誰かと一緒にいるって、意外と悪くないね」

 陽斗が笑いながら頷いた。
 「最初からそうしてれば良かったのに」
 「そうね。でも、今だから言えることだよ」

 救命筏は、島から遠ざかっていた。
 背後では、虹色に輝く霧が空に昇っていく。玻璃の孤島が、その形を少しずつ失ってゆく。
 「……あれが、“共鳴”の終わり」
 奏太が呟いた。視線の先には、崩れ落ちた記憶の迷宮が、まるで塵のように空へと還っていく様子が見えた。

 「なあ……」
 宗一郎がマリアに問いかけた。
 「なんで、あのときライランのところに戻ったんだ? あいつ、残るって決めてたんじゃ……」
 マリアはしばらく黙って、海の水平線を見ていた。
 風が吹き抜け、髪が濡れたままなびく。

 「……だって」
 マリアは静かに口を開く。
 「“あいつが戻ってくる”って、誰も信じてなかったから。だったら、私くらいは信じてやらなきゃ」

 永遠がにやりと笑う。
 「へえ、意外とロマンチスト」
 「……うるさい」
 マリアは顔を逸らしつつ、そっとライランの手を握る。
 ライランは、その手にほんの少しだけ力を込めた。
 そこにはもう、孤独ではない温度があった。

 そのとき、誰かが叫ぶ。
 「見ろよ! 島が……!」
 一行が振り返ると、玻璃の孤島が、まるで光の柱となって天に昇っていた。
 空に虹の環が広がり、まるで祝福のように、海と空を繋いでいた。

 「帰ろう」
 奏太のその言葉に、誰もが静かに頷いた。
 彼らはもう、一人ではなかった。