崩壊の余波は静かだった。
 耳をつんざくような轟音もなければ、地響きのような揺れもない。ただ、島がゆっくりと、自分自身をほどいていく──そんな感覚だけがあった。
 「いまなら……出られる!」
 陽斗の声が響いたのは、迷宮の出口に近い空間。
 彼は地図データと現在地のマッピングを同時に確認しながら、手早くロープをほどき、脱出筏のパーツを取り出していた。

 「パーツの摩耗はギリギリ……でもいける。誠、ウインチ使えるか?」
 「補強は終わってる。あとは繋ぐだけだ」
 誠は落ち着いた手つきで金属フレームを固定しながら、陽斗の目をまっすぐに見つめた。
 彼らの動きに、無駄はなかった。──まるで、何度もこの準備を繰り返してきたかのように。

 にこが遠巻きに見守るなか、健司が静かに手を差し伸べる。
 「手伝える?」
 「あ……うん。でも私、あんまり力仕事とか……」
 「そうじゃない。ロープの結び方。君が記録してた結束法、あれ使おう」
 「……覚えててくれたの?」
 思わず出たにこの言葉に、健司はにっこりと笑った。

 一方、実咲は最後まで残った荷物の選別をしていた。
 「判断は、私がするから」
 そう言って、自分で不要なサンプルケースを海へ放った姿は、以前の彼女とはまるで別人のようだった。

 「こっちは出航準備、完了!」
 宗一郎がブリッジ代わりの簡易席に飛び乗り、陽気に敬礼する。
 「航路は最短でいけるが、ちょっと揺れるぜ、覚悟しとけ!」
 「揺れてもいいから、ちゃんと生きて帰るぞ」
 美紗がぼそりと呟き、それが皆の胸に重く響いた。

 エンジン音が、かすかに震えながら起動する。
 帆布が風を受け、命を乗せた脱出筏が、玻璃の孤島から滑り出す。

 誰もが振り返った。
 虹の柱がまだ空を刺すように立ち、島の輪郭は既に崩れ始めていた。
 だが、その光景は恐怖ではなく、どこか“帰る場所”のようにも見えた。

 「また、いつか……来れるかな」
 千紘が誰ともなく呟いたその言葉に、マリアが無言でうなずいた。
 ライランはただ、島へと一礼した。

 彼らの脱出路は、まっすぐ海へ──
 まっすぐ、未来へと続いていた。