光は、静かに──しかし確かに、粒子となって舞い始めていた。
 まるで誰かの祈りが具現化したかのように、図書館の中心から生まれた虹の閃光が、天井へ向かってゆっくりと立ち昇っていく。

 それは熱を持たない炎であり、音のない音楽だった。
 色とりどりの光が空間を包み、まるで今ここに存在している全員の“後悔”が、粒子となって還元されていくようだった。

 「これは……島が、応えてくれてる……?」
 千紘の呟きに、誰もが無言で頷いた。
 彼女の目にも、にこの目にも、誠の目にも、同じように涙が浮かんでいた。
 それは、悲しみの涙ではなかった。
 許されたわけでも、救われたわけでもない──
 けれど確かに、自らの“痛み”を、痛みのままに受け止めた証の涙だった。

 床がわずかに震える。
 それは崩壊の兆候ではない。
 いや、むしろ“開放”の予兆。

 図書館の外壁、外縁、地表。
 あらゆる場所でガラス質の構造が溶け出し、再び土へと還っていく。
 まるで島全体が、一つの生命として“意志”をもって再構成を始めたようだった。

 「群体生物が……自分自身の境界を、ほどいていってる……」
 ライランの声が低く響く。
 彼は、じっとその現象を見つめていた。
 研究者としてではなく、人間として。

 「もしかして……この光の中に、あの子たちの“記憶”も混じってるのかも」
 マリアの声が、空に滲んだ。
 にこがふと振り向くと、彼女の頬にも、確かな微笑が浮かんでいた。

 やがて、図書館全体が“光”になった。
 壁が、床が、天井が──音もなく、崩壊していく。
 だがそれは破壊ではなく、旅立ちだった。

 奏太が、最後に一歩前に出る。
 その背後には、もう映像も幻影も残っていなかった。
 彼はそっと目を閉じて、小さく呟く。
 「……ありがとう、父さん」
 その言葉とともに、残された一冊の研究ノートが、彼の胸元で淡く光を放ち──そして風に乗って、粒子となって空へ舞った。

 瞬間、虹が天井を貫いた。
 それは島の心臓が放つ“最期の共鳴”だった。

 「みんな、戻ろう!」
 誠が叫び、陽斗がうなずき、全員が出口へ向けて走り出す。
 けれど誰一人として、慌てた様子はなかった。
 彼らの心にはもう、あの恐怖も、後悔も、押し殺していた過去も──なかった。

 ひとつだけ、残された音があるとすれば、それは静かな“再会の約束”だった。

 図書館は完全に光となり、玻璃の孤島の内部構造もまた、音もなく崩れていく。
 かつて“後悔”によって作られたこの場所は──
 “赦し”によって、解かれていった。

 全員が振り返った。
 虹の柱が、かつての玻璃の図書館だった場所から、まっすぐ天へと伸びていた。
 そしてそれは、空に溶け、星となって消えた。