島の“共鳴の間”に、沈黙が落ちた。
 奏太は装置と繋がれたまま、意識の境界をゆっくりと滑り落ちていた。
 思考は霞み、過去の記憶が波のように押し寄せる。
 父の背中。研究室の埃。言えなかった言葉──「俺は、あんたが怖かったんだ」。

 そんな中、誰よりも早くその沈黙を破ったのは、にこだった。

 「……私、小学生の時……演劇の主役を他の子に譲ってって言われて、本当はやりたかったのに、“いいよ”って笑って引き下がった。
 でも、ずっと心の中で、その子のミスを笑ってた。ずっと“ああすればよかった”って思ってた。
 あの時、譲らなきゃよかったって──今でも、後悔してる」

 静かに光る球体に、細かなひびが走る。
 にこの“本音”が、島を打った。

 陽斗が前に出る。
 「俺はさ……中学のとき、同じ部活のやつが、俺をかばって退部になった。
 俺は『仕方ないよ』って言ったけど……ほんとは、俺のせいだったんだ。
 自分の言葉を守る勇気がなかったんだよ!」

 続けて、健司、千紘、美紗、宗一郎──一人ひとりが自分の“後悔”を言葉にした。

 「姉がいじめられてたの、見て見ぬふりした……」
 「栄誉を全部、自分だけのものにしたくて、書類に名前を書かなかった……」
 「『間違ってる』って思ったのに、親に逆らえなかった……」

 それはまるで、心の中の濁った水を少しずつすくい出していくような作業だった。

 そして、最後に──。
 ライランが前に立ち、深く息を吸った。
 「祖国にいたころ……僕はある部族と平和条約を結んだ。けど……それを破った。自分の地位を守るために、彼らを“嘘で包んだ”。
 その代償に、大切な友を失ったんだ。
 君たちには、もうそんな後悔をさせたくない」

 皆が語り終えたとき──共鳴の間を満たしていた“後悔の映像”は、静かに、溶けるように消えていた。
 空間は透き通り、真ん中の球体に走っていた亀裂が、まるで呼応するように明滅する。

 「……奏太!」
 にこが駆け寄った。
 彼の眼は閉じたままだったが、装置を縛っていた透明な紋様が、ほどけ始めていた。

 千紘が、通信装置越しに叫ぶ。
 「島のエネルギー値、急激に下がってる!共鳴の波形が──沈静化していく!」

 「……ほんとに、これで……」
 沙也加が息をのむ。
 実咲が隣で小さく呟いた。
 「“後悔の共有”が鍵だった……。島は、“自分の過去を許す言葉”を……求めてたのね」

 光がゆっくりと広がり、奏太の体を包み込む。
 その中心で、彼がかすかに目を開け──。
 「……聞こえたよ、にこ……ありがとう」
 と、微笑んだ。

 にこは何も言えず、ただ──頷いた。
 嘘じゃない。これは、本当の“ありがとう”だ。

 静かに崩れ始める空間の中で、一行は次なる行動を開始する。
 脱出準備。
 島は浄化の兆しを見せたが、それは同時に──終わりの始まりでもあった。