爆音とともに、球体からあふれ出した光が天井を突き抜け、迷宮全体に“後悔の映像”を散らした。
 誰かの過去、誰かの失敗、誰かの選択の瞬間──
 悲しみも、怒りも、取り返しのつかない一手も、すべてがむき出しになって漂っていた。

 「これが……人の、記憶……?」
 千紘が震える声でつぶやく。彼女の背後に、幼い頃の発表会で賞を独占した場面が映っている。観客席で拍手もできずにいた友人の姿も。

 「早く……止めないと……!」
 誠が機器を抱えて走る。
 熱で歪む配線、破断したパイプ、壊れたモニター。
 もはや、補修では追いつかない。

 そのとき。
 低い電子音が場に響いた。
 球体の中央に、新たな構造物が現れる。
 ――扉。
 それは、透明な契約書のような板をはめこんだ扉だった。

 「……選ばせようとしてる」
 ライランがゆっくりと呟いた。
 「使うか、捨てるか──
 この“後悔の力”を、人類の未来のために使うか、それとも……封印して消すか」

 実咲が即答した。
 「使う。絶対に。今すぐ契約して、力を得るべきだわ。
 ここまで来て、“もったいない”なんて言葉で止まれる?」

 にこが一歩踏み出し、首を振る。
 「違う……こんな形で決めていいはずがない。
 後悔は、他人の“痛み”なの。自分勝手に“道具”にしていいものじゃない……」

 にこの背後に、病室の映像が浮かぶ。
 小さな女の子のベッドの横で、笑っていた看護師のにこ──
 でも、その笑顔の裏に、涙を堪える表情が映っていた。


 沙也加が淡々と、しかし明確に言い切る。
 「痛みには“価値”がある。誰かがその意味を分析して、体系化して、未来のために使えば──悲しみは、ただの終わりじゃない。始まりになれる」
 「けどそれは、痛んだ人自身が望んだわけじゃない」
 陽斗の声が重なる。
 「“誰かのため”って言い訳にして、無理やり希望に変えちゃいけないと思う」

 奏太が、扉の前に進み出た。
 「父さんが生きてた頃、この研究を“兵器化できる”っていう企業からの資金提供を拒んだんだ」
 全員が動きを止めた。
 「そのかわり、父さんは“この力は、人の心をつなぐ鍵になる”って、ずっと言ってた……。でも、たぶん──父さん自身も、確信はなかったと思う」

 その場の空気が揺れる。
 ――扉の中から“契約者コード”を求める声が響く。
 「後悔の記録群は、保持者の選択により帰属されます。
 使用申請、または放棄認証を、代表者が実行してください」

 誰もが沈黙する中──
 ライランが、左腕の通信端末を取り外し、床に置いた。
 迷宮のシステムに接続された翻訳コンソールが、青く輝き出す。
 「……僕が、通訳をする。けど、決めるのは日本の君たちだ」

 そして、扉の前へと進み出たのは──
 実咲と、奏太。
 “利用”か、“解放”か。
 どちらかの手が、扉のセンサーに触れれば、決着はつく。

 そしてその瞬間──
 “どちらの手でもない手”が、光の中から伸びた。

 「やめろォォッ!」
 咆哮と共に、永遠が飛び出してきた。
 腕を広げ、二人の間に立ち塞がる。

 「何でお前がっ……!」
 実咲が叫ぶ。しかし永遠は鼻で笑った。
 「バカだな。ここで決めちまったら、もう取り返しがつかねぇだろ。
 “後悔”の力を使っていいかどうかなんて、悩んでるうちは使っちゃいけねえんだよ」

 その言葉に、にこが目を見開く。
 沙也加が、わずかにまゆをひそめる。
 「永遠……あんた……本気で……?」
 「バカか、にこ。俺がいつも本気だったことあったか?」
 そう言いながらも、永遠の手は震えていた。
 その背後に、彼自身の“後悔の映像”──小さな弟を突き放し、二度と会えなかった過去が滲んでいた。

 「……誰かの悲しみを“有効利用”だなんて、言わせたくねぇ」
 永遠は、静かに契約板に手を当てた。
 「“決めない”って決断があるんだ。
 人間は、そんな不器用な選択も、ちゃんと抱えて生きていくべきだ」

 次の瞬間、契約板は淡く光を放ち、音もなく──崩れた。
 選択肢そのものが消えていった。

 「……まさか、そんな機構が……」
 沙也加が呆然とつぶやいた。
 にこが、静かに言う。
 「“後悔の力”は、誰かの決断ではなく、“共感の総和”で生きてるのかもしれないね……」

 ライランが歩み寄り、砕けた契約板の欠片を拾った。
 「これは、もう武器でも道具でもない。
 ただの……誰かの想いの断片だ」

 そのとき、島全体にまた新たな脈動が走った。