階段を登り切った先。そこは、これまでのどの空間とも異なる静寂に包まれていた。
 光源がないはずの天井から、透き通った青白い光がゆっくり降り注いでいる。
 「……ここが、共鳴の間……?」
 ライランの声は、まるで巨大なホール全体に反響しているように響いた。

 空間の中央には、直径三十メートルを超える球体が浮かんでいた。
 半透明のガラスのようでありながら、内部では水でも火でもない“なにか”がゆっくりと脈動していた。
 ──脈拍のような波動。
 「まるで……生きてるみたいだ」
 千紘がぽつりと呟く。

 にこは、球体の奥に一瞬、自分の過去映像の残滓を見た。
 家族の姿。友人の声。真実と嘘のはざま──あらゆる後悔がそこに凝縮している。

 「これが、島の中心……!」
 奏太は、父の研究ノートを強く握った。
 “後悔の蓄積が、自己増殖し、構造体となる”
 父が記した理論。まさに、それが眼前にあった。

 周囲には、六つの端末台。
 それぞれに図書館の制御言語が刻まれている。
 沙也加が小声で読み上げる。
 「……“選択を入力せよ。共鳴の制御は、意志によって定まる”」
 つまり、これは問いかけている。
 このエネルギーを──どうするか、と。

 「制御できるのか? この……後悔の塊を」
 宗一郎が慎重に端末を操作しながら問いかけた。
 健司がモニターを覗き込む。
 「エネルギー量は……未曾有。けど、利用可能……とも読める。都市一つを、永続的に動かすレベルだ」

 「やめよう、そんなの」
 にこがはっきりと声を上げる。
 「これは人の後悔……誰かの“痛み”の集合体よ。利用なんて、そんなの……」

 「でも、その“痛み”があったから、ここまで来られたのも事実だよ」
 実咲の言葉は鋭いが、どこか迷いが混じる。
 「もしこれを使えば、飢えや病気も減る。罪悪感を動力に変えれば、私たちは楽になれる」

 「……それでも」
 奏太が前に出る。父のノートを片手に掲げ、真っ直ぐ球体を見つめる。
 「これは、生きてる。少なくとも、意志がある。
 もし俺たちが“後悔を閉じ込めたまま”使ったら、それは……自分の過去すら踏みにじることになる」

 にこがうなずく。
 「人の痛みを踏み台にした未来なんて、いらない」

 その瞬間、球体が波紋のように脈動し、空間全体が震えた。
 答えを問うている。
 選べ──この“共鳴”を、どうするのか。

 利用か、解放か──
 ここに来て、全員の意志が試されようとしていた。