共鳴の間の前──
 開かれた扉の先に広がる、巨大な透明構造物。
 その中枢では、島全体の崩壊を押しとどめているエネルギーフィールドが、ひび割れを起こし始めていた。
 警告音が低く唸り、天井からは微細な砂のような破片がぱらぱらと落ちてくる。

 全員が進む中、誠は最後尾でそっと立ち止まった。
 機関室の片隅にいたときと同じく、彼は一人で動き始めていた。

 階段下、メンテナンス用の隙間。
 工具箱を抱え、彼は無言でパネルの裏に潜り込む。

 そこには、誰にも知られず補修されてきた“隠し継ぎ目”があった。
 誠が航路設計の時点で密かに確認していた構造だ。

 「……このままじゃ、保たねぇな。あと30分もたないか……」
 誠は小さく呟くと、持ち出していた自作の補強パーツを一つ一つはめ込み始めた。
 金属と金属が軋みながらも、彼の手で確実に噛み合っていく。

 ──彼の“仕事”は、誰に気づかれることもない。
 だが、それでいい。

 (誰かの役に立つのが、いちばん嬉しいんだ。名前が残らなくても……)
 汗が頬を伝い、工具が手から滑りそうになる。
 それでも手を止めることはなかった。

 螺旋階段を上がった先、中央制御室の手前で陽斗がふと振り返った。
 「……誠、ついてきてない?」
 健司が慌てて全体を見回す。
 「いや、さっきまでいた。どこだ……」

 にこが小さな声で言った。
 「……たぶん、戻ったんだと思う。みんなが進めるように」

 その言葉に、誰もが黙る。
 全員が共鳴の間へ急いでいたとき、その裏で、ただ一人残っていた者がいた。

 その頃、誠は最後の溶接を終え、工具を下ろしていた。
 震える指先を隠すように、静かに壁にもたれかかる。

 「……よし、これで──あと、十五分は延ばせる」
 微かに崩れが止まり、天井のひびも沈黙する。

 誠の肩がふっと落ちる。
 「あとは、みんながちゃんと……やってくれれば、俺の仕事は……終わりだ」

 名も記録も残らないまま、影の補修者はそこに立ち尽くす。
 けれどその背に、確かに仲間の未来は支えられていた。

 ──無名であることが、誇りだった。
 だからこそ、誠は誰よりも静かに、誰よりも確かな“柱”だった。